あれからの一日は散々だった。
髪に付いた血(?)を洗い流すため、風呂場へ向かった時のことだ。念のためフード付きの服に着替え、フードを目深に被って部屋を出た。この時間帯なら、風呂場には誰もいない筈だ。幸い通路では誰にも会わずに済んだ。この調子で…そう思っていたアレンは目の前の人物に眩暈を覚えた。

「…タイミングの悪い…」

「何か言ったか?」

「いえ、何でもありません…」

風呂場脱衣場。そこにいたのは、同じエクソシストである神田ユウ。アレンとは犬猿の仲だ。

(よりによって神田って…!)

丁度風呂上がりらしく、こちらを見向きもしないことには感謝するが。下手に突っ込まれたら、言い逃れ出来る自信がない。
取り敢えず神田が出ていくまでは服を脱げないため、中に入っておとなしく待つ。
暫くすると神田が脱衣場を出て行った。一瞬こちらを見られた気がするが、何も言われなかったので大丈夫だろう。
安堵の息を吐いて、着替えの服を籠の中に置く。風呂場を覗いてみたが、誰もいなかった。今のうちに、と慌てて服を脱いで風呂場に入った――。
というのがことの経緯で、現在夜、アレンは自室でベッドに寝転がっていた。その顔は真っ青で、血の気が感じられない。どういうわけか、いつも以上にお腹が空いてしまい、夕食の量がいつもの倍になってしまった。その量は見慣れてる人達でも唖然とする程で、それでもまだアレンは足りないと感じていた。

「いつも以上に食べたのにまだ足りないなんて…」

さすがにこれ以上は、と思い止まって自室に引き返して来たが、空腹感は増すばかりで一向に治まらない。

「ティム、何でだろうな」

問いかけてみても返事があるはずもなく、寝返りを打ってうつ伏せになる。
そのまま眠れない夜を過ごし、気付けば朝を迎えていた。






朝食堂へ向かっていた神田は、昨日のことを思い返していた。
まず、脱衣場で会ったアレンのこと。一瞬しか見ていないが、何故かフードを目深に被って部屋の隅で佇んでいた。脱衣場に来たのなら、風呂に入るのが目的のはず。だというのに服を脱ごうとせず、じっと立っているだけだった。まるで神田が出ていくのを待っているように。
次に、夕食。いつも通り蕎麦を頼んで席に着くと、アレンが食堂に入って来るのが見えた。また大量の皿の山を見ることになるのかとうんざりしていると、いつもと様子が違うことに気が付いた。次々と出来ていく皿の山は、いつもの量を越えて更に出来ていく。料理長のジェリーも慌ただしく動いているが、さすがに食べ過ぎではないかと心配しているようだった。
極めつけは、食堂から出ていく時のアレンの瞳。それほど遠くない距離だったため、よく見えたそれは赤かった。確か、アレンの瞳は銀灰色だったはず。
…おかしい。どうなってる?
そんなことを考えている間に食堂に着いた神田は、アレンが任務に出ていた筈のラビと話しているのを見かけた。






「おっはよー、アレン!」

「ラビ!任務帰りですか?どうでしたか?」

「ハズレだったさー。もうくたくただぁ」

「お疲れ様です」

食堂で任務帰りのラビに会ったアレンは、疲労困憊といった様子に苦笑を浮かべた。曰く、イノセンスはなかったくせに、アクマだけが大量に出てきたらしい。
そこでアレンは、腕にある一つの傷に目を引かれた。ドクン、と鼓動が大きく鳴る。

「…その、傷は」

「ん?ああ、これか?これは俺のミスさ。アクマにやられた訳じゃないから大丈夫さ」

「…」

「…アレン?」

ただ一点だけを見つめて黙り込んだアレンに、ラビが怪訝そうな表情を浮かべる。
アレンの視線の先には、ラビの腕に巻かれた白い包帯。そして、そこから滲んだ赤い血。
ドクン。また一つ、鼓動が鳴る。

「…っ」

様子がおかしいアレンの顔を覗きこんだラビは、息を呑んだ。
銀灰色の瞳が、異様に赤く光っていた。

「アレン?おい、アレンっ!」

「…っ、え?ラビ…?」

肩を掴んで強く呼び掛ければ、アレンは目を見開いてラビを呆然と見つめる。瞳は、銀灰色に戻っていた。

「どうしたんさ、アレン。なんかおかしいぞ」

「…きっと寝不足なんですよ。昨日全然眠れなかったから」

「でも…」

アレンはラビの言葉を遮るように、早足でジェリーの元へ向かった。呼び止めようと伸ばした手は空を切るだけだった。
アレン自身、自分の異変には気付いていた。ラビの包帯に滲んだ血を見た時、どうしようもない程の咽喉の渇きを感じた。周りの音が何も聞こえなくなるくらい、それを凝視していた。心が、身体が欲していた。
何を?
その先を考えて、アレンはギュッと目を閉じる。動揺する心を抑え、前だけを見据える。
何も考えるな。これはただの偶然だ。
そう自分に暗示をかけていたアレンは、無意識に日の当たる場所を避けて歩いていることに気付かなかった。






アレンの様子がおかしい。あれは唯事ではなかった。
そう思ったラビは、ジェリーの元へ向かったアレンをじっと見つめる。若干苦しそうに見えたのは気のせいか。

「…おい」

「…あれ、ユウじゃん。自分から声かけるなんて珍しいさぁ」

「ファーストネームで呼ぶなっつってんだろ。…モヤシのことだ」

「アレンのこと?」

「様子、おかしくなかったか?」

「…昨日からなのか?」

「夕食をいつもの倍以上食ってた。…それから、目が」

「赤くなってた…か?」

「…ああ」

どうやら異変は昨日かららしい。犬猿の仲とはいえ、さすがに様子がおかしいのが気になったようで、神田もアレンに視線を移す。

「…やっぱり、いつも以上食べてるさ」

一人で食べ始めたアレンは、次々に皿の山を作っていく。その量は、やはり昨日の夕食と同様、いつもの倍以上あった。

「イノセンスが関係してるんかね…」

「さあな。今の状態じゃ断定は出来ねーだろ。もう少し様子見たらどうだ」

「…そうさね。見るしかねえさ」

仲間として様子がおかしいのを放っては置けない。
ラビはアレンの元へ向かうと、まだ料理の乗っている皿を奪って食べ始める。それに気付いたアレンは猛抗議をするが、ラビは飄々とどこ吹く風だ。
そんな二人の様子を一瞥して、神田は朝食を摂るべくジェリーの元へ向かった。


2011.08.30
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