工藤新一と黒羽快斗として知り合ってから、約半月。何回か会って、分かったことがある。
一つ目は、やたらと接触を避けること。ちょっとしたことで過敏な反応を見せるのだ。ふとした拍子に不可抗力で触れてしまった時、工藤は凄い勢いで避けたことがある。しかも、怯えたような表情を浮かべて。本人は無意識のようで、呆然としている快斗に慌てて謝ったのだ。何もしていないというのに異常に避けられて、さすがの快斗もへこんだ。
二つ目は、食が細過ぎること。快斗が見る限り、口にしている物は水かコーヒー、栄養ドリンクなど液体の物ばかりで、固体の物を食べているところを見たことがない。試しにおにぎりを作って渡してみたが、申し訳なさそうに断られた。ちゃんと食べているのかと訊いたら、答えはイエス。だが、それは嘘だろう。本屋で会った時より、確実に痩せている。
さすがにおかしいと考えた快斗は、何が原因か必死で突き止めようとした。IQ400の頭脳をフル稼働して行動をよく観察し、色んな推測を立てた。
そして出た結論。原因は、姿を消し音信不通になっていた一週間にあるのではないか、と。
そして、事件が起きた。






工藤邸の前で、深呼吸を一つ。
今日こそは一週間のことについて訊きだそう。そう思ってここに来るのは何度目だろうか。
何回か訊いたことはある。が、上手くはぐらかされていまだに訊きだせないでいた。
インターホンを押してから暫く待つと、ガチャッという音を立てて玄関のドアが開いた。出てきたのは勿論、家主の工藤新一。随分と楽そうなスタイルの出で立ちだ。

「黒羽?こんな時間にどうしたんだ?」

驚きの表情を浮かべる工藤に、当然の反応かと快斗は思った。今は夜の8時。こんな時間に家を訪問するなんて、余程の用事がない限り有り得ない。

「あー、いや…こないだ来た時に忘れてった物が明日必要になったからさ」

困ったように笑って全くの嘘を述べると、工藤は納得したように快斗を玄関まで招いた。近づいたことによってはっきりした工藤の顔色は、病人かと思うくらいに悪かった。

「何を忘れたんだ?取ってきてやるよ」

「いや、自分で取りに行くよ。上がらせてもらうな」

親切な工藤の言葉を押し退けて家に上がると、いつも行っている広いリビングへ向かう。苦笑しながら後をついて来る工藤の気配を感じて、キッドの時とは違う緊張感を感じた。
今回こそは、絶対に訊きださなければ。このままでは、工藤は倒れてしまう。
そう自分に言い聞かせ、リビングに着いたところで後ろを振り返る。急に振り向いた快斗に不思議そうな表情を浮かべた工藤は、快斗の真剣な表情に息を呑んだ。

「…工藤、音信不通になってた、あの一週間…本当に何があったんだ?」

忘れ物というのが嘘だと気付き騙されたということと、今まで以上の真剣な表情に複雑な色を浮かべ、困ったように立ち尽くした。

「…まさか、それを訊きだす為だけに来たのか?」

「悪いか?ずっと見てきたけど、お前は何も食べないし顔色も悪い。今まで普通だった奴がいきなりそんなことになる訳がない。だとしたら何かあったとしか考えられねぇ。その原因は、あの一週間…だよな?」

目に見えて動揺し始めた工藤に、更に畳み掛ける。

「あの一週間何があったのか…工藤、お前誘拐されてたんじゃねぇか?」

「っ」

「しかも、その誘拐犯に何かされた…例えば、性的暴行」

「…っ!」

「ただの暴力じゃ屈しない肝の据わった名探偵がそれほどまでに追い詰められたとすると、それ以外に思いつかねぇ…違うか?」

驚きと怯えをない交ぜにした表情を浮かべ、今にも後退りしそうな勢いで快斗を睨む。その目は何故そんなに詳しく知っているのか、と語っていた。

「その表情はビンゴだな。推理は専門分野じゃねえが…好敵手のことぐらいなら分かるぜ、名探偵」

「…まさか、キッド?」

驚きで目を見開く工藤に、快斗は内心冷や汗をかいて心臓が耳元にあるんじゃないかってくらい煩かった。
これは一種の賭けだった。工藤邸へ来る前、話をする中で、もしかしたら正体をバラさなければならない状況がくるかもしれないと考えた快斗は、一か八かで正体をバラすことを決意した。正体をバラした後、どういった反応が返ってくるのか、もしかしたら拒絶されるかもしれないという不安が快斗の中で渦巻いたが、これは工藤次第のことなので深く考えても時間の無駄だと考え、なるようになれと半ばなげやりな気持ちだった。
暫く驚きで固まっていた工藤は我に返ると、自分のことに詳しい理由が分かって納得したような表情を浮かべたが、それも一瞬のことで、また警戒の色を浮かべた。先程よりも、更に顔色が悪くなっている。

「まさかキッドの正体が俺と同い年の高校生だったとはな」

「なんとなくは分かってたんじゃねーのか?……名探偵、このままだと本当に死ぬぞ」

真剣な顔で訴えるが、工藤は僅かに笑みを浮かべるだけで、何の反応も返さない。まるでそれを望んでいるかのように。
それほどまでに追い詰められていたという事実に、犯人に対しての怒りが沸々と沸いてくる。あの強気な蒼い瞳を絶望へと変えた奴が許せない。
こんなことを誰かに対して思うことは初めてで、若干の戸惑いを感じつつも、諦めたような蒼い瞳を見つめ返した。

「…そん時のことを話すつもりはねーんだな?」

「…ああ」

「だったら深くは訊かねぇ。けど、ご飯くらいは…」

「だからいらない、って…っ!」

「工藤!?」

グッと眉を寄せ目を細めたかと思うと、そのまま目を閉じて、体が傾いた。
床に着く前に慌てて掴んだ身体は思っていた以上に細く、子どものように軽かった。呼吸はまだ安定しているが、このままでは確実に死んでしまう。
青ざめた顔のままポケットから携帯電話を取り出すと、ここから一番近い病院へと電話をかけた。数コール後、繋がった電話に相手の応答を聞く間もなく叫ぶように言った。

「人が倒れて危険な状態です!救急車をお願いします!」


2011.07.11
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