名探偵が、姿を消した。






組織との決着がついて、早一ヶ月。
APTX4869の解毒剤を完成させ、漸く本来の姿を取り戻した工藤新一は、以前ほどではないが再びメディアに取り上げられるくらいに探偵として活躍していた。一時期死亡説まで囁かれていたが、そんなのは今は昔だ。
ところが、その工藤新一が再び姿を消した。
といっても、それはたったの一週間程度。体が小さくされてた頃と比べれば、極端に短い期間だ。その間は音信不通だったとはいえ、ちゃんと戻って来たことに周りの者は安堵した。
だが、その日を境に新一の様子は誰の目にも明らかなくらい変わっていった。






江戸川コナンが工藤新一に戻ってから、一度もキッドの犯行現場に来てくれないことを不満に感じている者が約一名。怪盗キッドこと黒羽快斗だ。
元の姿に戻れたということは新聞の記事を見れば明らかで、快斗はそのことを嬉しく思う。が、それとこれとは話が別で、彼との頭脳戦を密かに楽しみにしていた身としては、何かが足りないと寂しく感じる。直接工藤邸の郵便受けに暗号文を入れてやろうかと思ったことも少なくない。
そんな時に、工藤が姿を消したという噂を聞いた。まさかまた小さくなったのかと思ったが、一週間して姿を現したことから、その可能性は消えた。じゃあ何だったんだと思ったが、考えて答えの出るものではないため、早々に諦めた。
ある日、気まぐれで立ち寄った近所では一番大きい本屋で、偶然工藤を見かけた。会ったことは何回かあるが、お互いこの姿では初めてだったため、快斗はなぜか新鮮に感じた。そこで、ふと違和感を感じた。工藤新一としての姿を生で見るのは初めてだが、妙に痩せているように思えた。元々痩せた体型をしているとはいえ、さすがにこれだけ痩せているのはどうかと思うくらいだった。といっても、これは快斗だから気付けた些細なことで、他の人では気付けなかったことだろう。
じっと観察していることに集中していた快斗は、急に振り返った工藤に必要以上に驚き、不自然なくらい慌てて視線を逸らした。工藤は訝しむような視線を快斗に向けながら、ゆっくりと一歩ずつ近づいた。

「…あの」

「…え、俺?」

「さっき俺のこと見てたよな?何か用だったか?」

気配が近づいて来ていることには気付いていたが、まさか声をかけられるとは思ってなかった快斗は、冷や汗を流しながら後ろを振り返った。そこには姿は違えど今まで何度も対峙したことのある工藤新一が、制服姿で立っていた。

「あー、いや、えっと…お前ってあの高校生探偵の工藤新一だろ?」

「?…ああ」

「ファンじゃねーけど、生で見れたからつい…」

まったくもって嘘である。
自慢のポーカーフェイスで動揺を隠すと、にっこりと微笑んでみせた。

「あ、そう…」

「あー、一つ、訊いてもいいか?」

「なんだ?」

「…なんで、そんなに痩せてんだ?」

眼光鋭く問い掛ければ、工藤は僅かに動揺の色を浮かべた。快斗はそれを見逃すことはなかった。が、それも一瞬のことで、すぐに苦笑した。

「元々あんま食べねーから、痩せてるように見えるんだよ」

本人が言うつもりがないなら深くは追及しない。あまり深く訊きすぎても、相手に不信感を与えるだけ。快斗は工藤のことを一方的に知っているが、工藤にとって快斗は初めて会うただの一般人。怪しまれるだけだ。

「…そっか。ちょっと痩せ過ぎじゃねーかなって思ったから」

「ああ、よく言われるけど、本当に問題ねーから」

「ならいいや」

対峙する時とは違う印象を感じた。いつも緊迫した状況で、こんな和やかな会話など一度もしたことがなかった。
初めて見た時に惹かれた蒼い瞳が、今のように笑顔で輝いているところをまた見たい。
そう思った快斗は、思わず身を乗り出して、ここが本屋の店内であることも忘れて大きな声で尋ねていた。

「あ、あのさっ、俺とアドレス交換してくれねーか!?」

さすがにこの言葉は予想外だったようで、目を丸くして驚いている。快斗自身無意識の言葉だったので、自分が何を言ったのか理解した途端、周りからの不思議そうな視線も相まって顔を真っ赤にした。
初対面で図々しいぞ俺!

「…別に構わねーけど」

「いいのか!?」

「お前が言ったんだろ。それから、もうちょっと声小さくな」

探偵だから用心深いだろうと思って拒否されるかと思っていたが、まさかOKを出されるとは思ってなかったので、言って良かったと内心浮かれていた。それはもう、工藤の注意も耳に入らない程に。

「取り敢えず、名前訊いていいか?」

「ああ、俺は黒羽快斗!江古田高校二年だ」

「俺は工藤新一、帝丹高校二年だ。よろしくな、黒羽」

「よろしく!」

ごほん、という咳払いが聞こえて二人揃って振り返れば、店長らしきおじさんが静かにしろとでも言いたげに睨んで立ち去って行った。それを見てお互い顔を見合せ、示し合わせたかのように噴き出した。

「じゃあまたな、工藤」

「ああ、またな」

アドレスを交換した二人は、またと言って別れた。


2011.06.22
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