今日は特に用事もなく、非番だったから凄く暇だった。外は雨が降っているから出掛けることも出来ないし、子供達とも遊べない。土方さんの句集を盗もうかと思ったけど、そんな気分になれず、やっぱり暇だと溢す。
初夏の季節、湿った空気が鬱陶しいと感じながら、何かやることはないかと模索する。ふと天井に目を向けたところで、とある人物が思い浮かぶ。確か彼も非番だった筈だ。
これは好機と思いスパンと小気味良い音を立てながら襖を開けたところで、偶然思い浮かんだ人物がこちらへ向かって来るのが見えた。
いつものように口角を釣り上げて相手の前へ姿を現せば、相手もこちらの存在に気付き視線をこちらへと向ける。

「一君、今暇?」

「…?特にやることはないが…」

「じゃあさ、稽古に付き合ってよ。僕と互角ぐらいにやりあえるの、一君だけだし」

申し出たのは稽古のお誘い。たまにやっておかないと腕が鈍ってしまうから、互角にやりあえる一君が非番の今日が丁度いい機会だと思った。
一君は僅かに眉を寄せ、何か躊躇う素振りを見せた後、緩く首を縦に振った。

「………別に構わないが…珍しいな。まともに稽古に顔を出さないあんたから稽古を誘うとは…」

「たまには、ね。正直暇だから」

「俺は単なる暇潰しか」

「そんな怒ることないでしょ。じゃ、先行って待ってるから」

そのまま片手を挙げてヒラヒラと振りながら背を向けて廊下を歩きだす。小さなため息が聞こえてきたけど、無視して歩き続けた。






「じゃ、僕から行くよ」

「ああ」

お互いに木刀を構え、隙無く相手の様子を伺う。
運良く、道場は誰も使っていなかった。だだっ広い道場に二人、静かに構えれば、雨が屋根瓦を打つ音だけが静かに響く。
先手は僕から。勢いよく踏み込んで、素早く相手に木刀を打ち付ける。が、それは難なく相手に受け止められ、弾き返されてしまう。これは予想通りだから別に驚きはしない。むしろ、こうでなくては、僕の相手は勤まらない。
無意識に口角を上げ、相手と距離をとってもう一度木刀を構え直す。
スッと目を細め、強く踏み込み、三段突きを放つ。するとどうだろうか。それはあっさりと決まり、流れで弾き飛ばされた木刀を茫然と眺めながら、一君は片膝をついた。

「…一君、真面目にやってる?」

「…あんたと一緒にするな。手が滑っただけだ」

そう言って一君は飛んでった木刀を拾いに行った。何回も手を握っては広げるという動作を繰り返している姿を見て、微かな違和感に捉われる。
一君があんなに簡単に手を滑らせる筈がない。ましてや膝をつくだなんて、余程のことがない限り有り得ない。
再び構えた姿を視界に捉えて意識を戻すと、今度は先程よりも強く踏み込み、胴を狙って横薙ぎに払う。案の定、それは受け止めらる。が、それだけだ。反撃をしてこない。
明らかにおかしい。今の僕は隙だらけだというのに。
無理矢理押し切る形で相手の木刀を弾き飛ばすと、胸へ一突き繰り出した。すると一瞬顔を顰め小さく唸ると、後ろへ倒れこんだ。

「…一君?」

様子がおかしい。倒れこんだまま、身動ぎ一つしない。
慌てて一君に近寄り、肩を揺さ振ってみる。息が荒く、顔が赤い。うっすらと開かれた目が、僕を捉える。額に触れてみれば、かなりの熱を感じた。

「もしかして、熱あるの?」

「…やはり、体調が悪いと…上手くいかないものだな…」

さっきまでは平然としていたのに、急に動いたことで熱に堪えられなくなったらしい。熱があると分かっていて、なぜ稽古を引き受けたのか。了承する時に僅かばかり躊躇っていたが…。
そういえば、一君は僕の頼み事を断ったことがない。眉根を寄せることはあるけど、それだけだ。他の人の頼みは断ることもあるのに…。

「熱があるなら寝てなきゃ駄目でしょ。何歩き回ってたの」

「歩き回ってた訳では…」

「言い訳はいいから、早く布団行くよ」

不満そうな顔をしていたが、無視して腕を掴んで起き上がらせる。掴んだ腕も熱く、こちらにまで熱が移るんじゃないかと思った。
立ち上がる動作一つ一つが非常にゆっくりと感じた。その間も僅かに顔が顰められていて、それが熱の高さを物語っていた。
僕は二人分の木刀を片付けた後、一君に肩を貸して、そのまま部屋へと向かった。






廊下で誰とも会わなかったのは正直助かった。組長が熱で倒れただなんて話が広まったら、余計な混乱を招きかねない。そうなると自然に土方さんの耳にも入る。一君のことだから、余計な心配は掛けたくないと土方さんに知られるのを嫌がるだろう。
今は布団で横になり、静かに眠ってる。先程飲んだ薬が効いてきたらしい。呼吸も落ち着いてきたみたいで良かった。
額に濡れた手拭いを置いたところで一息吐く。思えば、こうやって一君の寝顔を見るのは初めてかもしれない。別に好き好んで男の寝顔を見たいとは思わないけど、なんとなく気になった。
汗で頬に張りついた髪を退かしてあげると、微かに眉を顰め、また穏やかな表情に戻った。
たったそれだけのことで、無意識に息を呑み、身体の動きは止まってしまった。
熱で上気した頬に汗ばんだ首筋。なぜか、そこから目が離せない。妙に色っぽいと、そう思ってしまった。病人に対して失礼な考えだと思ったけど、思ってしまったものは仕方ない。更にいつもは纏められている髪も解かれて、それが色っぽさを助長させていると……そこまで考えて、ハッとする。
自分は何を考えているのか。これではまるで、僕が一君に気があるみたいじゃないか。僕に衆道の気はない。まさか、でも…。
宙に浮いたままの手を、今度は口元へと寄せた。そっと唇を指先でなぞる。思ってた以上にそれは柔らかく、思わず食い入るように見つめてしまった。僅かに開かれた口から、熱の籠もった息が吐き出される。
まるで熱に浮かされたように、吸い寄せられるように、その唇へと顔を近付ける。あと少しで触れる、その瞬間。

「ん…」

「っ!!」

反射的に身体を離し、煩く鳴り響く心臓を宥め透かしながら、相手の様子を伺う。
一君は一度小さく唸ると、僕に背を向ける形で寝返りを打った。額に乗せられた手拭いが、重力に従って布団へ落ちる。
…僕は今、何をしようとした?
無意識の行動だった。自分が何故あんな行動を取ったのか。幾らか冷静になった頭で考えてみても、納得出来る答えが浮かばない。
滴れた冷や汗を手の甲で拭ったところで、自分の頬が赤いことに気が付いた。
自分で自分のことが分からない。こんな感情は初めてだ。
相手に触れたい、そう意識する毎に心臓が早鐘を打っていく。もしかして、これが“好き”という感情だろうか。近藤さんに対しての“好き”とは違う、もっとややこしくて面倒くさいもの。“恋”。まさか、初めての“恋”が男に対するものになるとは思わなかった。でも、不思議と不快感は感じなかった。むしろ、この感情がはっきりとして、すっきりした気分だった。
そう考えると、さっき取った自分の行動にも説明がつく。
僕は一君が好き。
まさか、こんな形で自覚することになるとは思わなかった。それでもいいと、構わないと思えるのは何故か。そんなことはどうでもいいと感じるくらいに、一君への気持ちが溢れだしてくる。
今は背を向けている一君の頭をゆっくり撫でると、その髪へ小さく口付けた。

「おやすみ、一君」






翌日。
すっかり熱も下がり、通常通り隊務に当たっている一君はいつも通りだった。まるで熱などなかったかのように振る舞っている。
あの後、他の幹部や隊士にばれないように夜まで看病し続けた。非番で良かったと本当に思う。夕食時の言い訳は、我ながら上手かったんじゃないかと思う。そのおかげって訳じゃないけど、運良く土方さんに感付かれることは無く、一君が凄く安心してた。

「総司、昨日はすまなかった」

昼飯のために広間へ向かっている途中、偶然一君と会った。目的は同じらしく、自然と並んで行くことになった。そんな中、唐突に一君が口を開いた。

「別に気にすることじゃないよ。丁度非番で暇だったし」

これは本当だ。暇だったところに丁度稽古に誘って、ああなってしまっただけの話だ。
でも、一君は納得してくれない。生真面目だから本当に申し訳ないと思っているんだろう。

「だが…」

「うーん…じゃあ」

暫く悩んだ後、口角を吊り上げて微笑み。

「お礼は、これでいいよ」

そう言って立ち止まると、同じように立ち止まった一君の顎を掬うように持ち上げ、自分の唇を相手のそれへと重ねた。

「…!」

一君の瞳が驚愕に見開かれる。触れるだけの小さな口付け。硬直した身体に満足気な笑みを浮かべると、ゆっくりと唇を離した。いまだに硬直したまま微動だにしない一君に背を向けると、広間の方へ歩きだした。

「お礼はちゃんと貰ったから。昼飯に遅れないようにね」

「…っ、……っ総司…!!」

驚きと羞恥と混乱の入り混じった、若干裏返った声で咎めるように呼ばれたけど、僕は無視して歩き続けた。






気付いたからには積極的に行くから、覚悟しててね一君。


自覚したのは、


2011.04.14
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