分かるからこそ、辛いのかもしれない。
大切だから
アメリカ代表ユニコーンのキャプテン、マーク・クルーガー。
小さい頃から一緒にいる、ミーの大事な幼馴染み。
常に先頭に立ってチームを纏める、自慢の幼馴染み。
顔も性格もよく出来ていて、マークは凄く人気がある。だからかもしれない。責任感の強いマークは、キャプテンとしてチームを纏めなければならない、自分がしっかりしなければ、という気持ちが人一倍強いんだと思う。皆の前では常に笑顔で、弱気なところを見せたことがない。それはカズヤやドモンの前でも同じだった。もちろん、ミーにも。
でも、見せなくても気付くことは出来る。幼馴染みの特権って奴かな?僅かな変化でも、マークのことなら気付けるんだ。
だから、マークが何も言わなくても、ミーが気付いて支えてあげる。今までずっとそうしてきたんだ。そう決めていた――筈なのに。
なんで、今回ばかりは、気付けなかったんだろう。
空は快晴。
いつもと変わらない練習風景。
監督の指示で、皆がグラウンドを駆け回る。それはミーも同じで、パスやドリブルの繰り返しだ。
いつもと変わらない。
そう思った。
たった一つの違和感に気付かないまま。
「よし、休憩だ!」
監督のその言葉で、皆がベンチへと向かった。ミーは向かう途中、マークの姿を探した。それはすぐに見つかり、いつもの明るさで駆け寄った。
「ヘイマーク!今日もギンギンだね!」
「そうだな。残りの練習も気合い入れて行くぞ」
「OK!任せてよ!」
いつもと同じ、変わらないやりとりを交わしてからドリンクを手に取る。
本当に、いつもと同じ、変わらないやりとり。
違和感なんて、微塵も感じなかった。
それに気付いたのは、練習が再開してからだった。
先ほどとは違い、模擬試合をすることになり、ミーはマークと同じチームになった。ミーとマークのツートップで試合開始。マークがドリブルで攻め上がり、次々と敵を抜いていく。ゴール近くにいたミーにパスを出した時に、違和感が正体を現した。
パスの位置が、ズレている。
マークは相手にパスを出すのが上手で、いつも相手が取りやすい、欲しいところにパスを出す。マークのパスを一番受けていたミーが言うのだから間違いない。
でも今のパスは、取りにくくはないけど、若干位置がズレていた。
いつものリズムと違う。
走り方を見ても、フォームが若干違う。右足を、庇ってるような…?
そのままゴールを決めたミーは、すぐにマークへ駆け寄った。
「マーク」
「…ディラン?」
「…ソーリー!」
不思議そうにしているマークに一瞬気が引けたけど、一言謝ってからマークの右足首を軽く蹴った。
軽く蹴っただけ。
なのにマークは苦痛に顔を歪めて小さく呻き声を漏らし、その場に蹲った。
「ディランっ何を…!」
慌ててやって来たカズヤがミーを非難するように見てきたけど、マークの様子に疑問を感じたらしい。じっとマークを見つめた。
「…マーク?」
「マーク、もしかして捻挫じゃないのかい?」
「…っ!」
小さく肩を揺らし、身体を強張らせたのを見て予想が当たったのが分かった。
沈黙を続け、目線を逸らしたのを見て眉を潜めると、監督に許可を貰って、マークを抱え上げて医務室へと向かった。最初は抵抗して暴れていたマークも、暫くすると大人しくなった。
医務室へ着き、マークを椅子へ座らせると、湿布を取り出す為に箱をあさる。
「マーク、シューズと靴下脱いで」
不満そうにしていたけど総無視だ。諦めてシューズを脱ぎ始めたマークを視界の端に捉え、見つけた湿布を箱から取り出す。
マークの元へ歩み寄り、しゃがみこんで足首の様子を見る。青痣が酷く、パンパンに腫れていた。よくこんな調子で顔色を変えずに走り回れたものだ。一種の感嘆に値する。
「マーク、これはどうしたんだい?何で黙ってたんだ?」
語調を強めに問い質せば、顔を逸らして小さな声で話しだした。
「…昨日、道路で車に轢かれそうになった犬を助けたんだ。その時に足を挫いて…でも、皆に心配かけたくなかった。キャプテンだから、チームに支障をきたすようなことはしたくなかったんだ。だから…」
「だから、黙ってたの?」
「………」
「…分かってないね、マークは」
一つ溜め息をついて、湿布のフィルムを剥がす。マークは手をグッと握って、顔を顰めた。
「マークはチームの皆を信頼してないのかい?」
「…してるに決まってるだろう」
「だったら何で黙ってたの?今のマークの行動と判断は、チームの皆を信頼してないように見えたよ」
「そんなことは…っ!」
「誰が見てもそう思うよ」
「…!」
「心配かけたくないって気持ちは分かるよ。でも黙ってるのは良くないな。このまま放っておいて更に悪化して、大事な試合の時に出られなくなったらどうするの?余計に皆は心配するし、チームの士気に影響が出て負けたらどうするの?」
「…それは」
「言い訳出来る?結局責任を取るのは監督とキャプテンだ。マークばかりが辛い目にあうんだよ。ミーはマークが大事だから、マークには辛い思いはさせたくない」
話している間も手は止めずに手際よく進めていく。マークは無言で俯いている。漸く終わったところで、ミーは立ち上がってマークを見下ろした。
「全部抱え込むのは良くないよ。マークの悪いところは、そうやって何でも抱え込んじゃうところだからね。少しは皆を頼って、甘えてみるのもいいんじゃないかな?」
「…ディランは甘え過ぎだ」
「ミーはいいの!」
漸く笑ったマークに、自然と笑みが零れる。
「マークはさ、もっと気楽にやらなきゃダメだよ?それがチームにとっても良いことだからさ!」
「…そうだな」
両手を広げて大袈裟に笑って見せれば、優しい笑みを浮かべて柔和に目を細めたマークがいた。肩の荷が降りたような、そんな感じだった。
「じゃあミーは練習に戻るけど、マークはここで大人しくしてるんだよ?」
「ああ、分かった」
大人しく返事をして、いってらっしゃいと言うように手を振った。ミーはそれに応えるようにマークの頭をくしゃりと撫でて、頑張るよ!と言って練習を続けている皆のところへ戻った。
これで少しは考え直してくれただろうか。次医務室に来た時に訊いてみよう。
マークは何でも一人で抱え込んじゃうところがある。
そんなマークがミーは心配で。
だからさりげなくマークの負担を減らしてあげる。
それが幼馴染みのミーの役割だって、思うんだ。
2010.11.30