嫉妬深いのは嫌われるって言われるけど、そんなの関係ない。
いつ、キミが誰かに奪われてしまうのか不安だから。
愛する故に
「俺を呼び出してどうしたんだ?フィディオ」
明かりのない真っ暗な一室。とある郊外の建物にあるそれは、人気がなく、一種の不気味ささえ感じられた。
そこに呼び出されたマークは、怪訝そうな顔をして、ドア付近に立っている呼び出した張本人、フィディオを見た。マークはディランとの待ち合わせがある為、内心早く用事を済ませてほしいと焦っていた。
フィディオはフッと笑うと、突然質問をしてきた。
「マークはディランのこと、好き?」
全く意図が読めない、何の脈絡もない急な質問に、戸惑いを感じながらも、素直に好きだと答える。
すると、フィディオは一瞬悲しそうな顔をした後、後ろ手にドアを閉めた。明かりのない部屋の、唯一の光源だったドアからの光が遮断された今、昼だというのに、何も見えない真っ暗闇な空間へと変わった。
さすがに唯事ではないと感じたマークは、不安の広がる胸を押さえつけながら、気配でフィディオが自分に向かって来ているのが分かった。
「…っフィディオ?」
「ごめん、マーク」
何を謝っているのか分からなかった。
そのまま何も見えない空間を睨み付けるようにしていると、不意に頬に何かが触れた。ビクッと肩を震わせると、相手が微笑んだのが分かった。そして、また発せられた謝罪の言葉。
「ごめん、マーク」
聞こえてきたのは、空を切る音。
「フィディ――」
「マーク遅いなー…」
小さな声でそう呟いたディランは、いつも着ているユニフォームとは違う私服を着ていた。
マークとの待ち合わせ場所である時計台前にいる彼は、何度も腕時計を確認して、辺りをキョロキョロ見回しながら、マークが来るのを待つ。時間的には、待ち合わせ時間は大分過ぎており、一向に姿を現す気配がない。時間はきっちりしているマークは、遅れて来ることはないし、もし遅れて来るのだとしても、何らかの連絡が必ずきていた。でも、今回は遅れているのに、一切連絡がきていない。いつもならあり得ないことだった。
何故か嫌な予感がしたディランは、携帯電話をポケットから取り出すと、マークへと電話をかけた。
長い呼び出し音の後聞こえてきたのは、マークではなく別の人の声だった。
『Ciao』
「…フィディオ?」
英語ではない、イタリア語での挨拶。それは聞き覚えのある声だった。しかし何故、マークではなく彼が出たのか。
「マークは?何故ユーが出たんだい?」
そこまで言って、はっと気付く。こちらの周りの雑音が煩くて分かりにくかったが、電話の向こうからは、フィディオの声以外一切音が聞こえない。雑音というものがなく、嫌に静まり返っていた。
フィディオは、ディランが不信感を露にしたのを感じ、口端を僅かに吊り上げた。
『マーク、可愛かったよ』
「…!?」
『俺の腕の中でよく啼いてくれたよ。凄いね、媚薬って』
「…どこにいるんだい!?」
人目も気にせず大声で怒鳴る。周りからの視線を感じたが、他人のことを気にしている余裕なんてなかった。ただ、マークが心配で、早く駆けつけたくて。
『…郊外の廃ビルの一室。待ってるからね、ディラン。君の可愛いマークと一緒に』
そう言って、向こうから一方的に電話を切られた。ディランは乱暴に携帯電話をポケットにしまうと、心当たりのある廃ビルへと一直線に向かった。
廃ビルなんてものはたくさんある。でも、ディランが心当たりのある廃ビルは、他の廃ビルとは違うところがある。
小さい頃、マークと一緒によく遊んでいた廃ビル。他の廃ビルとは違う、特別な思い入れのある場所が、今向かっているところだった。
走っている間も、頭の中で思い出されるのはマークのこと。
どうか、無事でいてほしい。
廃ビルへと着いたディランは、躊躇いもせずに中へと入り、階段を駆け上がって行く。
錆びれて、所々崩れかけてる建物内を慣れたように、迷うことなく真っ直ぐ突き進む。何階か分からなくなるくらい上り続け、辿り着いたのは明かりの無い、ドアが並ぶ先の見えない長い廊下。ディランは一瞬足を止めると呼吸を整え、また走りだす。
どれくらい走っただろうか。気が狂いそうなほど長く感じられた時間。
呼吸が乱れたディランの耳に入ってきたのは、今は憎き相手の声。
「ようやく来たねディラン。待ってたよ」
「…フィディオ…っ!」
ディランは足を止めると、閉められたドアの前に立つ私服姿のフィディオを、アイガード越しに睨み付けた。
「マークは!?マークに何をしたんだい!?」
「そう慌てるなよ。マークには何もしてない。俺はただ確認したいだけなんだ」
「…?」
怪訝そうに眉を寄せると、フィディオは今まで浮かべていた笑みを消し、ディランを真剣な瞳で真っ直ぐに見つめる。
「マークは君のことが好きだと言った」
「?」
急になんだと思うが、そのまま黙って話を聞く姿勢をとる。
フィディオは構わずに続ける。
「君の電話での反応をみても、君がマークのことが大事だということが分かった。…でも、それだけじゃ足りない。もし君が本当にマークのことが大事だというのなら…」
不意に口を閉ざすと、瞳に狂気的な光を宿らせて不敵に笑った。
「俺を倒してみなよ。俺を倒せないようなら、マークは俺がもらうよ」
「!?」
ディランは目を見開いて、信じられないものを見るかのようにフィディオを見た。
フィディオが纏う狂気は異常だった。
マークは、無事だろうか。
その時、急に大きな音が長い廊下に響き渡った。そして聞こえてきたのは、探していた愛しい人の声。
「ディラン?いるのかディラン!?」
「マークっ!」
声はフィディオの後ろにあるドアから聞こえてきた。さっきの大きな音は、ドアを叩いた音だった。ディランが呼び掛けたことによって、ドアの向こうから安堵したような雰囲気が伝わってきた。
「もう起きたのか。まだ寝てると思ったんだけどなぁ」
残念そうに眉を下げて肩を竦めるフィディオを見て、今更ながら強烈な怒りが沸き上がってきた。
マークに、何をしたんだ。
許さない。
「マークは返してもらうよ!!」
実力行使しかないと判断したディランは、腰を屈めて一気にフィディオに詰め寄る。油断していたフィディオは、目を見開いて迫りくるディランを凝視した。そして腹への衝撃。ディランはフィディオの脇腹を、エースストライカーならではのキック力で蹴りあげる。もともと身体の軽かったフィディオは簡単に吹き飛ばされ、壁へと背中を打ち付ける。苦痛に顔を歪めて崩れ落ちるフィディオを見て、この隙にと思い、マークが閉じ込められている部屋のドアを勢いよく開ける。そこにいたのは、何もない暗闇の中、踞って涙を流しているマークの姿だった。
「マーク!大丈夫かい!?」
「ディラン!!」
マークはディランの姿を見つけると、顔を安堵で綻ばせながらディランに勢いよく抱き付いた。ディランは力強く抱き付くマークを抱き締めながら、後ろで立ち上がったフィディオを睨み付けた。
「マークは暗闇が苦手なんだ!それなのに、こんなところに閉じ込めて…最低だよ!」
フィディオはディランの言葉を無表情で聞きながら、ただ立ち尽くしていた。やがて自嘲的な笑みを浮かべると、ディランとマークを交互に見やった。
「知ってたよ、暗闇が苦手なこと」
だったら何故、と言い掛けたところで、ハッと気付いた。
フィディオが、瞳を潤ませていることに。
「君たちが付き合ってて、お互いが想いあってることも知ってた。でも、諦めきれなかった。俺はマークが好きだ。だから、ディランが憎かった。逆恨みだって分かってたけど…どうしても、消し去ることが出来なかった」
ディランは複雑な表情でフィディオを見た。ディランの腕の中にいるマークも、泣き止んで静かにフィディオの話を聞いている。
「そこで俺は思ったんだ。ディランが本当にマークを守れる程の強さを持っているのか、と。馬鹿だったなって今なら思えるよ。マークを奪う為の理由が欲しかっただけなんだ。…怖い思いさせて悪かった。ごめん、マーク」
フィディオは謝ると俯いて唇を噛んだ。ディランが無言でそれを見ていると、マークがディランの腕の中から起き上がり、フィディオへと、ゆっくり、床をしっかり踏みしめながら近づいて行った。ディランは驚いた表情をして、慌ててマークを引き止めようとするが、あと少しというところで手は届かなかった。フィディオは見て分かる程に肩を揺らせて拳を強く握った。マークはフィディオの前で立ち止まると、躊躇いがちに口を開いた。
「…フィディオ」
「っ!」
「えーと、その、確かに怖かったし、凄く不安だったけど、俺を思ってのことだったんだろ?だったら俺はお前を許すよ」
「え…」
フィディオはバッと顔をあげ、目を見開いてマークを見た。驚きに満ちたその表情に苦笑しながら、フィディオを優しく見つめるマーク。
やがて瞳を潤ませ、涙を流し始めたフィディオを、マークが抱き寄せた。それを皮切りに大声で泣き始めたフィディオは、マークに縋りついて暫く泣き続けた。ディランは、最初はあまりいい表情をしていなかったが、様子を見ているうちに段々諦めたような表情になり、二人に近寄って温かく見守った。
「いやー、本当に悪かった!」
「あっさりしてて腹立つから一発殴ってもいいかい?フィディオ」
「俺はもう大丈夫だから止めてディラン」
「マークが言うなら止める」
「ははっ、ディランってマークの忠犬みたいだ」
「ミーはマークのハズバンドだよ!ドッグじゃない!」
「ボケなのか真面目なのか分からない発言だな…」
「酷いよマーク!ミーは本気だよ!」
廃ビルから出た三人は、とりあえず服が少し汚れてしまったので、マークの家へ行くことにした。
マークの家は、ディランは小さい頃から何回も来ている為、我が物顔で堂々と入っていくが、フィディオは初めて訪れる為、不思議そうに辺りを見渡しながらマークへと着いて行った。
着替えは別々の部屋で行われたが、フィディオがマークの着替えを覗こうとしたので、ディランが必死に止めた。替えの服はマークのTシャツを借りることになった。
着替え終わった一同はリビングに集まり、テレビを見ることにした。三人は無言でテレビを見続け、部屋に響いたのはテレビから発せられる音だけだった。特に興味のない番組が終わった頃、フィディオがぽつりと呟いた。
「…Io sono pacato」
それは母国語、イタリア語だった。知識のない二人は、なんて言ったのかわからず首を傾げる。そんな二人を見て小さく微笑むと、ディランに向かって挑戦的に言い放った。
「Perche io intendo di prenderlo anytime,io pentiro che io sono spensierato」
「ちゃんと英語で言ってよフィディオ!」
ディランはなんて言われたのか分からなかったので文句を言ったが、当の本人は秘密と言って不敵に笑うだけ。
外は、太陽が傾きオレンジ色に染まりかけていた。
Io sono pacato→平和だな
Perche io intendo di prenderlo anytime,io pentiro che io sono spensierato→俺はいつでも奪うつもりだから、油断してると後悔することになるよ
2010.10.10