綺麗に晴れ渡った空を、気持ちよさそうに眺めていた南雲の耳に入って来たのは、アフロディの天にまで届きそうな大絶叫だった。
とある休日の怪事件
「何なんだよ一体…」
せっかくの休日の時間を邪魔された南雲は、不機嫌丸出しで宿舎へと戻る。アフロディの絶叫は、宿舎から聞こえて来たからだ。
アフロディの部屋へと向かう為に廊下を歩いていると、途中で涼野に会った。涼野は珍しく困惑した表情をしていた。この様子だと、何があったのか知っているようだ。
「さっきのアフロディの絶叫、何だったんだ?」
「それは…」
言葉を濁らせて目線を泳がせる涼野。
怪しい。
南雲は問い詰めようと、逃げられないように手を伸ばす。が、涼野はその手を振り払うと、見た方が早いと言ってアフロディの部屋へ向かう。それならばと思い、大人しく着いていく南雲は、見た方がという言葉に引っ掛かりを覚える。
見なければ伝わらないものとは一体。
アフロディの部屋の前へと着いた二人は、一度立ち止まって顔を見合わせる。
「あまり驚き過ぎるなよ」
そう言ってからドアノブに手をかける涼野。南雲は思わず生唾を飲み込む。涼野はゆっくりとドアを開けて、南雲に部屋の中が見えるようにする。南雲が部屋を覗くと、そこには布団の塊があった。
「…は?」
間抜けな声が出てしまった。
塊は、もぞもぞと動き、くぐもった声が聞こえて来た。
「…涼野君?」
それは確かにアフロディの声だった。しかし、普段聞いているものよりも声が高い。
どういうことだと涼野を見ると、涼野はため息をつきながら、布団を掴んで持ち上げた。そして出てきたのはアフロディだった…が。
「小さい…?」
アフロディは自分達よりも少し背が高い。だが、今目の前にいるアフロディは、どう見ても幼稚園児と言われてもおかしくない体型、身長をしていた。そのため、もともと着ていた服は、とてもぶかぶかだった。
呆気にとられている南雲は、じっとアフロディを凝視していた。
アフロディは、小さくなってしまった自分を見られた恥ずかしさから顔を赤くして、布団を取り返そうとジャンプしながら手を伸ばすが、幼稚園児の身長では全然届かない為に、膨れっ面をしていた。
「涼野君!布団返して!」
「ダメだ。また籠もるだけだろう」
「…どういうことだ?」
南雲は訳が分からないまま、目の前のやり取りを見ていた。涼野はアフロディを宥めながら、状況を説明した。
「朝起きたら小さくなっていたらしい。私も絶叫を聞いて来て、その時知ったからな。詳しいことは本人にも分からないのだから、私も知らない」
淡々とした口調で言ったけど、話す内容はあり得ないことだった。
今だに膨れていたアフロディは、ハッと何かに気付いたように、慌ててぶかぶかの服を引き摺って、部屋の隅に置いてあるサッカーボールを取りに行った。
どうしたんだと思い、二人はその様子を見ていた。
アフロディはボールを抱えると、廊下へと走って行った。そのまま放っておくことも出来ないので、二人はアフロディの後を追いかけた。
三人が着いた場所は宿舎前のグラウンド。
アフロディはボールを前に置くと、ゴッドノウズの構えをした。
「ゴッドノウズ!」
が、技は発動しなかった。
三対の翼は出ることなく、ただジャンプしただけだった。
「やっぱり…!」
小さく呻くと、絶望したような表情になった。
どうやら必殺技が使えなくなったらしい。
小さくなったことに加えて必殺技が使えなくなったことで、完全に落ち込んだようだ。どんよりとした空気が辺りを漂い、それに当てられた南雲と涼野も、どうしていいか分からない為に、頭を悩ませてしまう。
「……仕方ない」
ふいにアフロディがポツリと呟く。二人がアフロディを見ると、踞っていたアフロディは勢い良く立ち上がり、ぐっと拳を握り締めた。
「こうなったら思う存分この体で楽しんでやる!いつかは元に戻るんだから!」
まるで自分に言い聞かせるように力強く言葉を放つ。
「南雲君!涼野君!!」
「!?」
「何だ?」
突然名を呼ばれた二人はビックリしてアフロディを見る。すぐに落ち着いた涼野がどうしたのかと訊く。
アフロディは二人を指すと、堂々と言い放った。
「二人とも、僕に付き合ってもらうよ!」
「…で、何でこんなところにいるんだ?」
「さあ…」
付き合えと言われて三人がやって来た場所は服屋さん。しかも子供服のコーナー。
何故服屋なんだ?という疑問が浮かんだが、アフロディはそれに気付かずに、一人で服を見に行ってしまった。アフロディが今着ている物は、出かける前に南雲が買いに行かされた物だ。二人は動くのも面倒なので、ベンチに座って大人しく待つ。
暫くすると、アフロディは何着か服を持ってやって来た。南雲が持って来たものを確認すると、思わず顔が引きつってしまった。
「女物じゃねぇか…」
アフロディが持って来たものは、ヒラヒラしたスカートや可愛い柄の、明らかに女の子用の服ばかりだった。
「お前、そんな趣味があったのか…」
南雲が若干引きながらそう言うと、アフロディは違うよ!と反論した。
「僕にそんな趣味はないよ!これは母さんの為だ!」
「……は?」
「何故だ?」
アフロディの返答に、訳が分からないというような表情をした南雲と、冷静に疑問をぶつける涼野。アフロディは、少し罰の悪そうな顔をして理由を言った。
「南雲君と涼野君は、今の僕の姿、男に見える?女に見える?」
「…女、だな」
「女だね」
「でしょ?だから母さんは僕に女の子用の服を着せようとしたんだ。でも僕はそれに必死に抵抗してね、結局一回も着てないんだ」
「それが普通だと思うけどな」
「だからこれを機会に撮って送ってあげようと思うんだ。もうすぐ母の日だしね」
「…そういえばそうだったな」
「すっかり忘れてたよ。でも、私には関係ない」
「…あ、そっか。無神経でごめん」
アフロディは二人には親がいないことを思い出し、発言が無神経だったと反省する。二人は気にしなくていいと言ったが、アフロディはうなだれたままだ。そこで、涼野がアフロディと目線を合わせるようにしゃがみこみ、アフロディの頭を撫でた。
「だったら、アイスを奢ってくれないか?皆で食べよう」
「…それでいいなら、いいけど」
頬を僅かに染め、俯きながら小さく、子供扱いしないでよ…と呟いた。
「では、それだけ買ったらアイスを食べに行こうか」
「お、涼野に気合いが入った」
「う、うるさい!ほら、さっさと行くぞ!」
「はいはい」
三人は、ワイワイ騒ぎながら会計を済ませると、アイスを食べるべく店を出た。
「なんで俺が持つんだよ…っ」
「文句を言わずに持て」
「僕じゃ引きずっちゃうじゃないか」
「アフロディは仕方ないとして…涼野はなんでそんなに偉そう何だよ」
「私に口答えするとは生意気な…」
「意味分かんねぇし」
そんな会話を続けながら人通りの多い道を歩く三人。商店街であるそこは、休日ということもあって、中々に賑わっていた。
涼野と南雲は普通に歩いているつもりだが、幼児であるアフロディには大きな一歩であり、自然と早足になってしまう。それに気付いた涼野は、隣で必死に歩いているアフロディの両脇を掴むと、自分の肩に乗せた。所謂肩車だ。突然のことに驚いて目を見開いたアフロディは、涼野の髪を掴んで落とされないようにした。
「涼野君…?」
「私達の歩幅では大変だろうからな」
「…ありがとう」
へにゃりと笑うアフロディは、普段では考えられない感じだった。幼児だから、その表情に違和感はない。けど、普段のアフロディを知ってる二人は、鳥肌が立つくらいその表情に違和感があった。失礼な反応であるが、これが彼らである。
「あ、アイス屋発見!」
アフロディが急に声を出して、ある方向を指す。二人がその方を見ると、日本で有名な某アイス屋があった。そのアイス屋へ入り、三人がそれぞれ好きなものを注文する。涼野は、ここぞとばかりにレギュラーではなくキングサイズを選んだ。二人はそれに呆れていたが。
店を出た三人は、商店街を離れ小さな丘へと向かった。そこにあったベンチに、三人仲良く座ってアイスを食べる。ちょうど木陰になっていたので、心地よい暖かさとなっていた。
食べている間は三人とも無言で、葉の揺れる音だけが辺りを支配した。
「…ふう。ごちそうさま」
「は!?お前一番量多かっただろ!?」
一番に食べ終わったのは涼野。大量にあったアイスをペロッと平らげ、南雲の突っ込みを無視してアイスのカップを片付ける。
その後、南雲、アフロディの順番でアイスを食べ終わり、宿舎へと戻る。アフロディは、また涼野の肩車で行くことになった。
「ふぅ、楽しかったー」
「お前、結構ノリノリだったよな」
「まぁね!」
「偉そうに言うことではないだろう…」
宿舎へと戻った三人は、早速アフロディの写真撮影を行い、現像して母の元へ送り届けた。アルバムの中から発見したという理由で送ったらしい。
風呂から出た後は夕飯なのだが、ファイアードラゴンの皆にこの状況がばれるのは好ましくない為、適当な理由をつけてアフロディだけ自室で食べることになった。
南雲と涼野が出ていった部屋は、さっきまでの騒がしさとは一転、とても静かだった。その部屋で、アフロディはポツリと呟く。
「楽しかったな…」
それは小さな部屋に小さく響いた。布団で横になっている今、アフロディは全裸で大きなバスタオルを一枚羽織っているだけだった。いつ元に戻るか分からない為、幼児用の小さな服は着ない方がいいと判断したからだ。
アフロディは暫くぼーっとしていたが、急にやってきた睡魔にあらがう事が出来ずに、意識は闇へと落ちていった。
「アフロディ、夕飯持って来た…ぞ…」
「どうした?…あ」
夕飯を食べ終え、アフロディの部屋へと戻って来た南雲と涼野。アフロディの夕飯を持って南雲が最初に見たものは、元の姿に戻って寝ているアフロディだった。涼野もその様子を見て、安堵の息をついた。
「戻ったんだな」
「とりあえずは安心したよ…けど、流石にこのまま寝させるのも…」
アフロディは全裸だ。しかも、さっきまでは小さかった為に体全体を覆っていたタオルも、元に戻った今、それは少し小さくなり、腕や足がはみ出していた。
「…布団でも被せておくか」
「そうだな」
そう言って、掛け布団を被せてあげると、長居は無用と言うように、二人は部屋の電気を消して自室へと戻った。
翌朝。
カーテンの隙間から漏れる陽射しを浴びながら、アフロディは目を覚ました。
自分の体の異変に気付き、慌てて鏡の前に行って自分の姿を見つめる。
「…戻ってる…」
小さく呟いた後、喜びが沸き上がり、思わず歓喜の声を上げていた。
「やったぁ―――っ!!!」
諸手を挙げて喜んでいると、ドアがガチャリと開いて、キャプテンのチェ・チャンスウが顔を覗かせた。
「朝から煩いですよアフロ…ディ………」
「!!」
「……」
「……」
「……………失礼しました」
「待ってチャンスウ!これには訳が…!」
無表情のままドアを閉めるチャンスウ。
アフロディは自分が全裸だったことを思い出し、恥ずかしさから顔を真っ赤にさせて、慌てて言い訳をする。
その様子を廊下から見ていた南雲と涼野は、やれやれといった感じでため息をついた。
一時間後、さっきのことをネタにアフロディをからかう南雲と、顔を真っ赤にさせているアフロディの姿があった。
2010.09.19