違和感
拓人に対しての第一印象は「何様だコイツ」だった。
今まで周りにちやほやされ、何不自由なく過ごしてきたため、親に叱られるどころか叩かれたことさえなかった。だから、世界は自分を中心に回っていると思い上がり甚だしい考えを持つようになってしまった。
それから目を醒まさせてくれたのが、拓人だった。初めて叩かれ、怒鳴られた時は、ただの病人風情が何を言ってんだとかなり腹を立てた。が、後で冷静になって言われた言葉を反芻する内に、周りが鮮明に見え始めた。尽くしていると思っていた使用人達は、皆が作り笑いをしてることに気付き、両親でさえ自分を見放していると、そう現実を一気に突き付けられた気分だった。
拓人には感謝しかねぇ。正しい現実に気付かせてくれて、どれだけ助かったか。だから拓人のためになることならどんなことだって出来る、そう思ってたのに…。






急遽コート整備とかで一日テニスコートが使えなくなったため、部活動は無しになった。それでもやりたいと言う奴だけ家に来いと言ったら、レギュラーメンバーだけが俺様の元に集まった。ふと、騒がしくなって拓人が困らないか気になった。あいつの部屋はテニスコートに面したところにある。不在なら大丈夫だが、もしいたら迷惑ではないか。そう考えて邸に連絡を取れば、今は外出中という返事が返ってきた。取り敢えずは安心ってことで、皆を邸へ連れて行った。






暫く打ち合い、一息ついて休憩しようと踵を返したところで、拓人の後ろ姿が見えた。どうやら帰って来たらしいが、一瞬だけ見えた表情が寂しそうにしているのが気になった。本当に一瞬だけだったから気のせいかと思ったが、どうしてもその時の表情が頭から離れなかった。
練習に身が入らず、ミスを連発したためにジローに笑われたが一発殴って黙らせた。痛いと言われてもスルーしてやった。痛くなるようやったんだから当然だ。

「さっきまで調子良かったんに…どないしたんや?」

「…テメーには関係ねぇ」

「つれないねぇ」

ドリンクを取りに来た忍足が、感情を読めない笑みを浮かべて近づいて来た。いかにも原因は分かってます的な余裕ぶった態度が気にくわねぇ。
思ってたことが表情に出てたのか、怖いで跡部なんて言葉が返ってきた。さして気にしてない風ではあったが。

「ま、ええけど。そろそろ昼やし、飯にせえへんか?」

そう言われ時計を見やれば、針は丁度12を指していた。
練習を切り上げ、皆に昼をご馳走してやると言えば、それぞれが歓喜の声を上げた。邸の一階一部なら既に何回も使用しているため、先に広間へ行くよう声をかけてから、俺様は別の入り口から先に中へ入った。
広間は拓人が使用する食事部屋の隣、煩くなることを先に言っておいた方がいいと判断して向かったが、部屋には料理が用意されてるだけで当の本人がいない。近くの使用人に聞けば、まだ来ていないという返事があった。何かあったのかと気が逸り、気持ち速く小走りで拓人の部屋へ向かった。






部屋へ辿り着き、部屋の中に人の気配がするのを確認して数回ノックをした。返事が返ってきたことに安心したが、その声は頼りない感じに揺れていた。まるで、今にも消えてしまいそうな。

「拓人?十二時過ぎてるぞ。昼飯いらねーのか?」

疑問に思ったが、拓人が許可もなく勝手に部屋に入ることを嫌がっていることを知っているから、深入りすることなくドア越しで声をかける。次に返ってきた声は、いつも通りの落ち着いたものだった。気のせいだったかとその場は流すことにしたが、心に靄がかかったような気分になった。






夕方、全員が帰宅した後、拓人が俺様の部屋に顔を覗かせた。

「どうした?」

「景吾、今時間ある?」

大丈夫だと告げれば、途端に笑顔になって。部屋に入ってきた拓人の手には、チェスがあった。

「チェスやろ、景吾」

「ああ、いいぜ」

持っていたテニス雑誌を置き、テーブルへ向かう。
俺様が唯一拓人に勝てないもの、それがチェスだった。拓人がヨーロッパで入院してた頃、暇だと言った拓人に渡したのがチェスだった。ルールや駒の動かし方を覚えるまで教え、何度か勝負をした。最初は俺様が勝っていたが、次第にコツを掴んできた拓人が巻き返すのにそう時間はかからなかった。いつの間にか拓人の連勝で、苦い思いをした記憶がある。

「じゃ、僕からね」

そう言って駒を並べ始めた拓人を、探るようにじっと眺めた。拓人がチェスに誘う時、それは心に揺らぎがある時だと気付いたのは別れる一ヶ月前のことだった。表情は笑顔でいつもと変わらねえが、時々一瞬だけ無表情になる時がある。無理に理由を聞くことはねーが、相談してくれねーことが、ただ寂しかった。

「やった、僕の勝ち!」

ぼんやりとしたまま適当に進めていたら、最速記録じゃねえかってくらい早く勝負がついてしまった。結果は、拓人の勝ち。

「またお前の勝ちか。たまには俺様に勝たせろ」

「やなこった」

駒を並べ直し、もう一度!と言った拓人に了承の言葉を返す。気が済むのなら、どんなに負けようがいくらでも勝負を受けてやる。それしか、してやれることがねーから。






その後、何度か勝負したが全て敗北した。幾分かスッキリした表情の拓人は、付き合ってくれてありがとう、と言ってチェスを片付け、部屋を出て行った。
結局心の揺らぎの原因は分からないままだったが、気が済んだのならいいかと適当に流した。拓人が笑顔でいてくれるのが一番の望み、悩みが解決されればそれでいい。
だが、言い知れぬ不安が胸中にわだかまり始めたのがその時だった。


2012.2.27


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