覚悟
初めて景吾の自宅を見た感想は、驚愕の一言に尽きた。
景吾が金持ちの坊っちゃんってことは知ってたよ。有名な財閥らしいし(僕は知らないけど)。でも、まさかこんな豪邸に住んでたなんて…。流石と言うべきか、財閥の力って恐ろしい。

「これからは景吾様って呼んだ方がいいのかな」

「あ?なんか言ったか?」

「いや、何でもない」

正直舐めてました、すみません。と心の中で謝っておく。
高級車から降り、景吾に案内されたのは高級感漂う豪華な客室だった。とても客室とは思えないため、一瞬誰かの自室ではないかと疑ってしまうほどだった。
シャンデリアにキングサイズのベッド、バスルームにトイレ付き、そして高い天井に広い空間…金持ちはやっぱ違う。

「客室でこんだけ豪華だったら、景吾達の自室ってもっと豪華なんじゃ…」

「この部屋はお前のために用意した部屋だ。俺様とたいして変わらねぇぞ」

「…いつ来るかも分からないのに、用意してたの?」

「実際お前は来た。それでいいじゃねーか」

くしゃりと頭を撫でられ、擽ったさに僅かに目を細める。
まさか自分のために部屋を用意してくれていたとは、つくづく景吾には驚かされてばっかりだ。嬉しさと同時に申し訳なさも感じる。部屋を見渡せば、綺麗に整理整頓されていて、埃が被っている様子も見られない。毎日掃除されてたのかと思って、訊こうとしたけど止めた。愚問だと笑われそうそうだから。

「夕飯は一時間後だ。時間になったら迎えに来る」

「分かった」

「それから、部屋の物は自由に使って構わねぇからな。足りない物があったら言え、いいな?」

「はーい」

疲れただろうからゆっくりしてろ、と言い残して景吾は去って行った。自室にでも向かったのだろうか。
持ってきてもらった荷物を持ち上げ、ベッドの横に置いて一息つく。力の無い僕は少し重いだけでかなりの重労働になる。不便だと思ったのはこれが最初じゃない。
ベッドに腰を落ち着けたところで、ふとある人物が浮かび、ポケットから携帯電話を取り出す。画面を操作し、耳に押しあてる。数コール後、ぷつりとコール音が止み、懐かしい声が耳に届く。

『…もしもし』

「久しぶり、リョーマ。元気だった?」

携帯越しに、息を呑む音が聞こえた。

『……非通知だったから誰かと思った。久しぶり』

「今日本にいるんだ。友達の家でお世話になってる」

『そっか。…覚悟、決めたんだ』

「…うん」

抑揚のない声音でも、諦めの色を感じ取れた。仕方ない、とでも言いたげに。

『拓人が決めたなら何も言わないけど、一度くらいは顔見せてよ』

「分かってる。部活で疲れてるでしょ?ごめん」

『別に。これくらいなんともない』

「リョーマらしいね。じゃあ、また」

『うん』

そこで通話を切り、ベッドへ寝転がって腕を投げ出す。天井を眺め、先程のリョーマの言葉を心の中で反芻した。
覚悟、決めたんだ。
正直、覚悟は出来ていなかった。会いたい、その一心で故郷と言われた日本に降り立った。気付いたらヨーロッパの病院にいて、両親の故郷という日本は話でしか聞いたことがなかった。だから、一人で日本に来ることに躊躇いはあったし、勿論両親も反対した。それでも僕は景吾を選んだ。どうせ終わるなら、やりたいことをして終わりたいと。
最期は、景吾の隣にいたいと――。






「…景吾ってさ、いっつもこんな豪華な物食べてるの?」

「アーン?これのどこが豪華なんだ?」

「…ごめん、訊いた僕がバカだった」

景吾に連れられてきた広い部屋には、既に夕飯が用意されていた。湯気を上げるスープやメインと思われる数々の肉…そのどれもが輝いて見えて、改めて景吾の非凡さを目の当たりにしたような気がした。

「ずっと質素な病院食だったからかなぁ…余計豪華に見える」

「一流のシェフが作ったんだ。残すなんてことするんじゃねぇぞ」

「あったり前だよーこんな高級食残すなんてバカな真似はしない!」

指定の席に着いて手を合わせると、早速手前にあったハンバーグに手をつけた。
肉自体が良いものを使っているのだろうけど、歯ごたえや肉汁は勿論のこと、中身のとろけるようなチーズとたっぷりのデミグラスソースも抜群に美味い。流石は一流シェフが作っただけのことはある。最高だ。

「美味いか?」

「こんなに美味いの初めて!いくらでも食べれる!」

「そうか。それはよかった」

満足そうに微笑む景吾は、慣れた仕草で優雅にハンバーグを口に運ぶ。やっぱ教育の違いかなぁ、妙に様になってるところが憎らしい。
夢中になってハンバーグを食べていると、すぐにそれは無くなり、次はスペアリブだ、と別の皿に手をつけた。そんなことを繰り返している内に、自分の周りにあった料理は全て平らげてしまっていた。勿論全部凄く美味しかった。初めて食べた料理もあったけど、食べず嫌いの僕でも抵抗無しで食べれるくらい盛り付けが綺麗で、最高の夕飯になった。

「よし、デザートいるか?」

同じく食べ終わった景吾が、僕にそう尋ねた。いる、と答えたら、近くにいる使用人らしき人にデザートを持って来るよう命じていた。かしこまりました、と言って部屋を去って行った使用人を見送って、景吾が僕の方を向いた。

「日本にはどれくらいいるつもりだ?」

「…そんなに長くはいられないけど、出来るだけいられたらいいとは思ってる」

「そうか。明日時間あるか?」

「日本にいる間はずっとフリー」

「だったら、放課後氷帝に来い。せっかくだから、テニス部の見学して行け」

命令形ですか、と呟いて了承した。

「お持ちしました」

使用人の声が聞こえ、会話を中断させる。使用人の手によって目の前に置かれたのは、切り分けられたフルーツタルトだった。艶々してて見た目もよく、夕飯を食べ終わった後だというのに食欲が湧いてきた。

「ケーキは食べたことあるけど、フルーツタルトは初めて」

「そうか。その初めての味の感想は?」

面白そうに見てくる景吾を意識の外に外し、タルトを一口頬張る。タルトとクリームの甘さにフルーツの酸味がよく効いて、ほどよい美味さを醸し出している。
とりあえず一言。

「美味しい!」

「そりゃよかった。食べ終わったら自室でゆっくりしてろ。明日の朝は部屋に運ばせるから、ドアの横にある電話を使え。自動的に繋がる」

「分かった」

「昼も同じようにしろ。時間になったら使用人がお前を迎えに行くから、用意はしておけよ」

「はーい」

タルトを口に入れながら返事をする。話はこれで終わりのようで、お互い食べることに集中する。
こうして夕飯は終了し、日本での一日目を終えた。


2012.2.17


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