再会したアイツ
そいつを見た瞬間、心臓が止まるんじゃねーかってぐらい、本気で驚いた。なぜここにいるのか、なんて疑問は頭から吹っ飛び、気付いたらそいつを抱き締めていた。

「…景吾、苦しい」

苦しいと言いながらも、微かに笑っているこいつは質が悪い。昔から俺様を驚かせることが好きだった。どんな思いで俺様が待っていたか、知りもしねーで。

「…もう、大丈夫なのか」

「………うん、待たせてごめん」

「…っ」

嬉しさからか懐かしさからか。数年ぶりの涙が頬を伝った。目頭が熱い。

「…感動の再会んとこ悪いんやけど、視線集まっとるから移動した方がええんとちゃう?」

「バカ侑士!空気読めよ」

「せやかて、その方が跡部達のためやで」

忍足の言葉で、気付かれねー程度に周りに視線を巡らせた。皆動きを止め、俺様達に視線が集中してるのが分かった。一様に目を丸くしていた。
自分が公の場で何をしたのか、そこで漸く理解した。威厳も何もあったもんじゃねえ。さりげなく涙を拭い、拓人から離れる。

「…一旦部室に戻る。拓人は来い」

分かった、という返事を全部聞き終わる前に、部員達に練習を続けろと号令をかける。我に返ったように慌てて動き出した部員達には呆れのため息が出た。
おめーらも行け、と言ったら、残念そうな表情をした向日を忍足が引き摺って行った。

「行くぞ」

しっかり後ろを着いて来てることを確認して、前を向く。道中たまに視線を感じたが、いつものことだと割り切った。が、今回の視線の意味がいつもと違うことぐらい理解していた。
着いた部室は、当然誰もいない無人状態で静かだった。
取り敢えず拓人を適当な椅子に座らせ、その正面に置いた椅子に俺様も座る。
部員達の視線が集まったことに気付いたらしい拓人は、少し緊張して表情が強張っていた。今は誰もいないっていうのに…。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。久しぶりに会ったんだ、話を聞かせちゃくれねーか」

何時ぶりだというくらいの優しげな笑みを浮かべれば、漸く緊張が解れたのか、へらっと笑って見せた。
三年ぶりの会話、お互いが話す内容は主に何があったかという近況報告みてーな形になった。それでも会話は弾み、気付けば外は橙色に染まっていた。そろそろ部活も終了する頃合いだ。いつまでも部室を占領してるわけにはいかねーからな。

「明日もまた会えるだろ?話はまた…」

「あ、それなんだけど…日本にいる間、景吾の家でお世話になるから」

「…は?聞いてねーぞ」

「内緒にしてもらうよう頼んでおいたから」

悪戯に成功したような表情で、景吾の驚いた顔ーと囃し立てる拓人の頭を一発殴っておいた。勿論軽くだが。

「その悪戯好きは相変わらずだな」

「お褒めにあずかり光栄で」

「褒めてねーよ」

なんだかんだ言いつつも、拓人の変わらない姿に安心感を感じているのは事実。まだこの世界に拓人がいる、大丈夫だと。
外が俄かに騒がしくなり、部員達が戻って来たのだと分かる。待たせるわけにはいかねーから、拓人を立たせて背を押した。

「取り敢えず、俺様の用意が終わるまで待ってろ。どっかに行ったりするなよ」

「僕ってそんなに子どもじゃないんだけど…分かった」

若干不貞腐れた拓人を外に出し、外で待っていた部員を中へ入れる。時折向けられる視線の理由は…分かり切ったことだ。気にすることなく、自身も着替え始める。

「跡部ー、拓人ってテニスやるのか?」

横に移動してきた向日からの質問に、否定の言葉を返す。忍足も気になったのか知らねーが、着替えを済ませて寄って来た。

「なんや、やっとらへんのか。跡部の友人いうから、てっきりやっとるもんやと…」

「友人全員がテニスやってるわけじゃねーよ。あいつはテニスどころか、運動すらしたことねえんだ。見ただろ、あいつの白さと細さ」

その言葉で事情を察したらしい忍足は、押し黙ってそれ以上は何も訊いてこなかった。向日も着替えに入って何も言わなかったが、何回も窓の外を見て拓人を気にする素振りを見せた。
やがて、お疲れ様でしたと声をかけてから部員達が帰って行った。レギュラーの奴らも少しずつ数を減らし、最後には俺様と忍足、向日が残った。とっくに着替え終わってたはずの二人がなぜ残っていたのか、そう尋ねれば、応えたのは向日の方だった。

「俺達用事あって職員室よらなきゃいけねーし、ついでに鍵返してこようかと思って」

部室の鍵は職員室保管、そしてその管理は部長である俺様の仕事だ。だから最後まで残っていたが、珍しいこともあるもんだと思った。いままでそんなこと言わなかったのにどういう風の吹き回しだと勘ぐったが、早く行ってやらんといつまで待たせるつもりや、という忍足の言葉と外を指す動作で気を遣われたのだと察した。

「…じゃ、頼んだ」

「おう。お疲れーまたな」

今はこいつらの気遣いがありがたかった。自分の本心を悟られた気がしてあまり良い気分ではなかったが。
外に出れば、拓人がドアの横で座り込み、大人しく待っていた。夕日に照らされた顔は、いつもより血色が良く見えた。ただの錯覚であると分かっていても、安心せずにはいられなかった。

「…景吾、終わった?」

ドアの音で気付いた拓人は、立ち上がって俺様を見上げた。こうやって見てみると、青学の生意気なルーキーとさほど変わらない身長をしているのが分かる。三年前よりは伸びただろうが、それでも低い。それが余計に体格を華奢に見せた。

「正門に迎えの車がある。行くぞ」

「うん」

嬉しそうに笑う拓人に、自然と表情が緩んだ。昔のように手を差し出せば、抵抗することなく繋がれた手。
姿も仕草も性格も、何も変わらない拓人。全てが昔のままのようで、それが逆に微かな違和感を与えた。






「俺、あんな楽しそうな跡部初めて見た」

「それだけ白木が大事やっちゅーことやろ」

「…でも、一度も運動したことがないって…悪い病気なのか?」

「やと思うけど…本人に聞くんは憚られるしな」

「……明日、様子見てみようぜ。来たら、の話だけど」

「…そうやな」


2012.2.15


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