久しぶりだね、景吾
生まれた時から心臓が弱くて、病院から出られたことなんて数えられる程度。療養していたヨーロッパで出会った年の近い初めての友達は、こんな僕でも嫌がることなく普通に接してくれて。それがどれだけ僕にとって嬉しいことだったか、きっと気付いてはいないだろうけど。

「また会えるといいな」

「いいなじゃなくて、会うんだよ。そん時までに、病気治しておくこと!分かったか?」

「うん。どれくらいかかるかは分からないけど…いつか、絶対」

その言葉を励みに、今まで頑張ってきた。
やっと、会える。

「待たせてごめん、景吾」

口角を上げ呟いた言葉は、騒がしい空港に消えた。






事前に連絡を取っていた景吾の母親に教えてもらった景吾の学校は、唖然とさせるには充分なくらい広かった。

「金持ちの坊っちゃんってことは知ってたけど…」

引きつる頬はなかなか戻せない。
空港に着いたのが朝の九時。それから教えてもらった住所を頼りにここまで来たけど、途中で迷ってしまい、今は午後四時。午後だよ、午後。いくらなんでも時間がかかり過ぎた。

「テニス部って聞いたけど…やっぱりテニスコートかな」

テニスコートを探し、キョロキョロと辺りを見回す。部活動に励む生徒達が、たまに僕の横を通りすぎていく。皆一様に僕を振り返って怪訝そうな視線を向けてくるけど、それもそのはず。今の僕は私服姿だ。気にならないわけがない。

「やっぱり学校で私服は目立つなぁ」

暫く歩いていると、それらしいものが見えてきた。人だかりが凄いが、なぜだ?しかも女子ばっかり…人気あるってことなのかな。黄色い悲鳴聞こえてくるし。
しかし、これでは近づくことが出来ない。せっかく景吾の母親に内緒にしてもらって驚かせようかと思ってたのに。どうしたものか。
うーん、と一人立ち尽くして考え込んでいると、頭に強い衝撃が当たり、一瞬気を失いかけた。くらくらする頭を押さえながら下に落ちた物を見ると、それはテニスボールだった。

「どこから…」

ボールを拾い上げ、辺りを見回す。すると、テニスコートの方からユニフォームを着た生徒が一人走ってくるのが見えた。このボールの持ち主だろうか。

「悪ィ!ちょっとミスっちまって…大丈夫だったか?」

おかっぱ頭の少年は、僕の目の前に来るなり頭を下げた。慌てて大丈夫だと返し、ボールを少年に差し出す。倒れかけたところを見たと言って本当に申し訳なさそうな表情をする少年に、僕は小さく声を上げた。

「貴方、テニス部員ですよね?」

「お、おう。そうだけど」

「部員の…三年生かな?跡部景吾って人いますか?」

「跡部ならテニス部の部長だけど…お前、跡部の知り合いか?」

「知り合い…というか友達です。三年ぶりですから、景吾が覚えていれば友達になりますね」

「三年ぐらいなら覚えてるだろ」

「だといいですけど…」

案内してくれますか、とお願いすれば、ボールぶつけた詫びだと言ってこっちだ、と踵を返した。案外すんなり承諾したのは、服装と話から景吾に会いに来たのだと察してくれたからだろう。そういえば名前を聞いてなかったけど、後でも大丈夫だよね。

「何やっとったんや岳人。時間かかりすぎや」

「悪ィ侑士、もうちょっと待って」

「…誰や、その子」

丸眼鏡かけた関西弁の男子が、僕に気付いて怪訝そうに眉を寄せた。部外者だし当然の反応だけど、少し不快だった。

「跡部の知り合いらしいぜ」

「跡部の?」

へぇ、と小さく呟き、なぜか僕達の後を着いてきた。道中事情を話せば、面白そうや、と返ってきた。この人、なんで関西弁なんだ?
視界が開け、テニスコートでテニスをする生徒の姿が窺えた。その中に、記憶にあるものより大人びてはいるものの、確かに景吾の姿があった。

「跡部ならあそこにいるけど…呼ぼうか?」

「…いえ、すみませんが、あそこまで案内していただけますか?」

「りょーかい」

懐かしい景吾の姿に心が踊るのを感じた。やっと、やっと会えるんだ。この日をどれだけ楽しみにしてきたか。
勿論試合の邪魔なんてことはしない。景吾がいるコートの後ろに案内してもらい、大人しく試合が終わるのを待つ。部活中だからもう戻ってもいいと言ったけど、おかっぱ頭の少年と丸眼鏡かけた関西弁の男子はここに残ると言い出した。曰く、景吾の驚く顔が見たいらしい。楽しそうだったし何も言わなかったけど、その表情には若干の黒さが混じっていた、と感じた。
それから、それぞれ自己紹介を交わして名前を覚えた。おかっぱ頭の少年が向日岳人、丸眼鏡かけた関西弁の男子が忍足侑士、と言うらしい。仲が良く、ダブルスを組んでいると聞いて、ちょっと意外に思った。かなりという程ではないけど、それなりに身長差がある二人では少々アンバランスでは、とテニスの知識一切無しのド素人の僕が思うことなんて、馬鹿らしいと一蹴されてしまうだろうけど(ダブルスに身長なんて関係ないことくらい分かってはいたけど)。
数分してから、試合終了の合図がかかる。結果は景吾の圧勝。流石、と呟いて忍足さんの後ろに隠れる。

「どうしたんや。久しぶり過ぎて会うのが怖なったん?」

「いえ、取り敢えず景吾が来たら普通に接しててください」

背の低い僕は簡単に忍足さんの影にすっぽり入り、前方から気付くことは目を凝らさなければならない限りないだろうと思う。
案の定、忍足さんと向日さんの存在に気付いてこちらに向かって来る景吾は、僕の存在なんて一切気が付いてない。

「おめーら練習中じゃなかったのか?んなとこで何やってんだ、アーン?」

「ちょっと休憩中や。一区切り着いたもんでな」

「休憩していいなんて一言も言った覚えはねーぞ。第一、おめーらが使ってたコートは向こうだろ。なんでわざわざ…」

「跡部!ちょっといいか?」

言葉を遮って急に声を上げた向日さんに、景吾が怪訝そうな視線を向けるのが見えた。どうした、と尋ねても、何か言い掛けようとして口籠もる向日さんは、ちらりと一度だけ僕の方を見た。
怪訝さは増し、不機嫌になっていく景吾は、向日さんの僅かな視線の動きで忍足さんの後ろ(つまり僕)に何かあると勘付いた。もともと勘が鋭く、頭の回転が速いことは知ってたため、別段驚くことはない。けど、もう少し引っ張って欲しかった。
仕方ない、と諦め、忍足さんの後ろから景吾の前に姿を現す。
瞬間、景吾の目が驚きに見開かれる。僕は口角をつりあげ、景吾を見上げた。

「…久しぶり、景吾」


2012.2.13


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