あれから数年。
集団墓地を訪れた俺様は、花を片手に一つの墓の前で立っていた。
「長い間来れなくて悪かった。今掃除するからな」
持っていた花を置き、桶から水を汲んで上からかけた。少し砂埃を被っていた墓は、それだけで輝きを取り戻したように見えた。それが、拓人が来てくれたと喜んでいるように錯覚してしまい、苦笑が漏れる。
暫くの掃除の後、線香と花を飾って手を合わせた。誰もいない、町の喧騒から離れたこの場所は、それだけで無音の世界へ早変わりした。
「…あ」
小さな足音とともに、小さな声が耳に届いた。僅かばかりの静寂の余韻を名残惜しむように、音のした方を振り向く。そこには、花を手にこちらに向かってくる越前の姿があった。
「お久しぶりッス」
「…ああ。お前も拓人にか?」
「はい」
そう返事をすると、俺様と同じように、花を飾って手を合わせた。暫くの沈黙の後、越前は俺様を振り向いて挨拶するとそのまま行ってしまった。
…それだけで良かったのか。
「………」
頭を振って思考を振り払うと、地面に置いておいた桶を持って墓の前を離れた。待機させておいた車へ向かい、その途中で空を見上げた。
どこまでも高く、透き通った蒼い空。眩しそうに目を細め、また視線を元に戻した。
"ありがとう、景吾"
そう、聞こえた気がした。
2012.3.4