"景吾へ"
理解出来なかった。
理解したく、なかった。






気付いたら、拓人は死んでいた。俺様の服の裾を掴んだまま、穏やかな表情で、ただ静かに眠っていた。
昼寝後、目覚めたら既に日が傾きかけている時分になっていた。さすがに寝過ぎたと思って身体を起こそうとしたが、思うように動かないことに疑問を感じて隣を見た。そこには、身体を九の字に曲げ、俺様の服の裾を掴んでいる拓人がいた。原因はこの手か、と手を離そうと掴んだ手首が異様に冷たいことに息を呑んだ。

「…拓人…?」

擦れた呟きが口から漏れた。嫌な予感が脳裏を駆け抜ける。
嫌だ。信じたくねぇ。冗談だと言ってくれ。
その一心で首元に手をやり、脈を確認した。絶望した。

「嘘…だろ……?」

嘘だと信じたい。けど、感じられない脈や白磁の肌が――嫌でも突き付けられる現実が、全てを打ち砕く。
さっきまで元気に遊んでたじゃねーか。おやすみって、挨拶も交わして…っ。

「拓人――…っ!」






それからのことは、あまり記憶にない。ただ拓人が死んだという事実だけが脳を支配し、食事も咽喉を通らなかった。
連絡を受けた拓人の両親が日本に帰国し、邸まで挨拶に来たことは覚えてる。どちらも確かに泣いてはいた。が、望んだ通りに逝けたのね、と微かに笑っていた。その時は何とも思わなかったが、後になって言葉の意味に疑問を持った。
望んだ通り?どういうことだ。だったらアイツは最初から死ぬことを分かっててここに来た、ってのか?
その疑問は、拓人の葬式の時に解決した。






葬式は速やかに、密かに行われた。
参列者は少なかった。もともと知人が少なかったこともあるだろうが、拓人自身が静かに行ってくれと両親に頼んでいたらしい。
火葬も終わり、皆が解散して帰って行く中、数人の人たちが片付けに追われて慌ただしく動いていた。俺様はただそれを呆然と見ていることしか出来なかった。
こんなにも人の死はあっけない。最初は悲しんでいた人たちも、次第に日常へ戻っていって存在すら忘れてしまうんだろう。俺様もそうなってしまうのだろうか。
…いや、俺様はお前らとは同じにはならねぇ。ずっと拓人のことを覚えている。絶対に忘れたりなんかしねぇ。

「…跡部景吾」

「…?」

急にフルネームで呼ばれ、何だと思って声のした方を振り向く。そこには、制服を着た青学の生意気なルーキーがいた。相変わらず見下ろすほど小さい。拓人と大して変わらない気がした。

「って、あんたのことだったんだ」

「…何でテメーがここに」

いるんだ、と続けようとして、急に目の前に突き付けられた物に言葉を止めざるをえなくなる。

「…何だ?」

「拓人からあんたに。名前しか聞いてなかったから、部長に聞かなきゃ分からなかったよ」

「人の名前くらい覚えとけ」

会ったことあるだろうが、と付け足して突き付けられた物――手紙を受け取る。
真っ白な味気ない封筒には何も書かれてなく、裏に差出人である拓人の名前が遠慮がちに書かれていた。それは間違いなく拓人の筆跡だった。

「…拓人とどういう関係だ?」

「知り合い。それ、預かっててくれって頼まれてた」

「…そうか」

わざわざご苦労だったな、そう言うと越前は何も言わずに背を向けて去って行った。相変わらず可愛げのない奴だな。
それから手元の手紙に目を落とし、簡単に施された封を切った。中から出てきたのは、二枚の手紙だった。






"景吾へ

黙ったまま逝ってごめんなさい。言い訳になるけど、景吾には心配かけたくなくて、最期まで笑顔を見ていたかったから何も言いませんでした。勝手な僕を許してください。
初めて僕達が会った時のこと、覚えてますか?景吾は凄く偉そうで、財閥の坊っちゃんだって分かってても何様だコイツと正直思いました。はっきり言って腹が立ちました。でも景吾は僕の言ったことをちゃんと理解してくれて、少しずつだけど性格も良くなって行ったよね。俺様なところは変わらなかったけど、それが景吾だからそこは変わらなくて良かったって思ってる。
景吾は何も知らない僕に、色んなことを教えてくれたよね。それで僕は、退院するのが凄く楽しみになった。景吾が日本に戻ってからも、僕は治療に専念して治ることをひたすら祈った。でも神様って残酷だよね。担当医から、余命が告げられたんだ。これで景吾との、病気を治すって約束が守れなくなった。
余命は短かった。このまま死ぬのは嫌だったから、せめて最期には景吾と一緒にいたいって思った。それが最初で最後の、僕の我儘だった。親不孝だって言われても構わなかった、僕が望んだのは、景吾だったから。
隠していたこと、約束を守れなかったこと、ごめんなさい。最期まで景吾の傍に居れて、幸せだったよ。
ありがとう。

拓人より"






「拓人…っ」

読み終えた瞬間、崩折れるように膝をついて顔を手で覆った。手の中の紙がくしゃりと音を立てる。
込み上げる涙を懸命に抑えようとして、叶わず一筋滑り落ちた。

「馬鹿野郎っ…礼を言うのは、俺の方だ…っ!」

与えられた物は俺様の方が大きい。感謝を言うのは当たり前、言われる筋合いなんてこれっぽっちもない。
拓人は、最後まで拓人だった。

「ありがとう…拓人」

届かないと分かってても言わずにはいられなかった。今までの感謝の気持ちを最大限に込めて。
雫が一滴、字を滲ませた。


2012.3.2


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