弟の情操教育が気になった日



「トリックオアトリート!」

「何だいきなり」

「今日はハロウィンだよ阿伏兎」

「それは知ってるが…何で俺んとこなんだ?」

「…阿伏兎だから?」

「答えになってねーよ」

今日は地球でいう十月三十一日…つまり、ハロウィンだ。しかし、地球での祭りが春雨で行われる訳もなく、俺は一人勝手に祭りを楽しんでお菓子を貰いに回っていた。
と言っても、話せる相手…知り合いが阿伏兎しかいないため、回ると言っても一人からしか貰える可能性がないのだけど。

「団長に貰えばいーだろうが」

「あの大食漢の神威から物獲ろうなんてバカで無謀なマネはしねーよ」

「ま、それもそうか…」

阿伏兎はため息を吐くと、ポケットを漁って何かを取り出した。

「これしかねーから、これで勘弁してくれよ」

そう言って渡されたのはキャンディーだった。正直阿伏兎はお菓子なんて持ってるイメージがなかったから、渡された時に思わず驚いた顔をしてしまった。だってあの阿伏兎が、ねぇ…。

「…んだよ、その顔は」

「…いや、だって阿伏兎が菓子持ってるとは思ってなかったから…」

「は?だったら何で声かけたんだ」

「阿伏兎しか話せる相手いねーし」

春雨内では。

「せっかくの祭りなんだ。楽しまなきゃ損だろ。つってももう終わりだけどな」

「諦めろ。そろそろ部屋戻らねーと団長に怒られるぞ」

「うん」

うっわ、つまんねー。でもま、仕方ないか。怒られるのやだし。
素直に踵を返して部屋へ戻る。祭りは一瞬で終わったけど、それでも多少なりとも楽しめたし、いいとしますか。
戻っても誰もいなかったから、阿伏兎から貰ったキャンディーを口に放り込んで、カラコロと口の中で転がせる。オレンジ味だった。

「暇だなぁー…」

小さく呟き、ベッドへダイブする。本当に何もすることがない。阿伏兎の仕事でも手伝おうか。神威の仕事も阿伏兎に回ってるようだし、ここは兄の責任として手伝ってあげるのが筋ってもんじゃないだろうか。
よし早速、と思って身体を起こそうとしたが、いきなりドアが開いて誰かが部屋に飛び込んできた。
神威だ。

「神無、今日ハロウィンっていう祭りなんだって?」

嬉々とした表情に嫌な汗が流れる。阿伏兎が言ったのか?余計なことを…。

「う、うん。廊下で天人が話してるのを聞いて…」

記憶喪失の俺がハロウィンを知ってるのはおかしいので、適当に嘘をついておく。ありきたりだけど、妥当な返事になった。

「じゃあ神無、トリックオアトリート!」

「…神威、俺が菓子持ってないの知ってて言ってる?」

「あるじゃないか、口の中に。飴、食べてるだろ?」

「は?口の中って…もう食べてるし。何で…」

何で分かった、そう続けようとした言葉は神威に遮られる。

「甘いオレンジの匂いがする」

食べてるものだけでなく、味まで当てるとは…凄い嗅覚だな。
神威は俺の傍までやってくると、ほらやっぱり、と笑って俺の頬に手を添えた。添えた、というより、がっちり掴まれた。
…え?

「いただきます」

「は?いや、ちょっと待っ……っ!?」

顔が近づいてきたと思ったら、いつの間にか唇が重ねられていた。驚きで固まっている間にも、神威の舌が口の中に侵入してきて、さっきまで舐めていたキャンディーを取られてしまった。抵抗する間もなく、まさに一瞬の出来事で、気付いた時には、神威が美味しそうにキャンディーを舐めていた。

「…え?え?」

驚きに目を瞠り呆然としている俺を、神威は不思議そうに見つめてきた。

「どうしたの?兄さん」

「…お前、自分が何したか解ってるのか?」

「何って…飴取っただけだけど」

…こいつ、人が食べてる物を奪う程意地汚かったか?しかも、何をしたか自覚してねーみたいだし…。
…はっ!まさか!

「これ、誰にでもやってるのか?」

「……さあ?」

「その間は何だ!?答えを濁すな!」

そこに直れ!そう叫ぶ俺を神威は笑って躱し、部屋から逃げて行った。

「あっ、待て神威!」

「そんなに飴取られたのが悔しいの?」

「ちげーよ!何で怒ってるか少しは考えろ!」

「えー?やだ」

「やだじゃねェェェェ!!」

そんなやり取りをしながら追いかけっこしてる俺達を見て、阿伏兎が微笑ましそうに見ていたとかいないとか。

「見てねーで神威捕まえろ阿伏兎!」

「阿伏兎、そんなことしたら殺しちゃうぞ」

「…だそうだ。諦めろ神無」

「畜生ォォォォ!」









(こんなこと、誰にでもする訳ないだろ?)
(神無が菓子なんか持ってないのを解っててやった)
(つまり、あれが俺のイタズラだ)
(兄さん、顔真っ赤だったなぁ)


2011.10.31

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