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阿伏兎が持ってきた昼食を平らげ(今度は炒飯だった。丼一杯は流石にキツかった)、早速第七師団の居住区を出た。…出た、はいいものの、通路を出た瞬間に一斉に視線を浴びた。周りにいるのは他の師団の団員達。人の形をした者から怪物の形をした者まで様々だ。初めて見る天人らしい天人に(自分自身今は天人の身であるが)ちょっとビビりながら(だってコワモテの奴らばかりだし)、阿伏兎の後をついていく。感じる視線は全て好奇のもので、ひそひそ囁かれてるのが嫌でも分かる。神威団長の兄、そのくせひ弱そうで生き残ってはいけない。そのようなニュアンスの言葉ばかり聞こえてきた。噂好きというのは人間も天人も同じらしい。昨日目覚めたばかりだというのに、もう俺の噂が他の師団の団員に広まっている。あまりいい印象は持たれてないみたいだが、仕方ない。実際そうなのだから。
「あいつらの言うことなんか気にしない方がいいぜ」
「いいよ、本当のことだから」
天人たちのいる広い通路を過ぎ、人気の少ない通路へ曲がった時、阿伏兎が振り返ってわざわざ声をかけてくれた。当然といえば当然だが、先程の天人たちの会話は聞こえていたらしく、あまりいい気持ちはしなかったようだ。僅かに不機嫌さが混じった声音だった。
「噂は勝手に独り歩きするもんだから、後で何か色々尾鰭ついちゃうけど…そんなの一々訂正してたらキリがないだろ?勝手に言わせとけばいい。何より言い直すのが面倒くさい」
「それが本音だろ」
「…………面倒くさいもんは面倒くさいし。大丈夫、そのうち噂は消えてくから」
噂なんて自然消滅するもんだからね。盛り上がるのなんて最初のうちだけだからね。気にしたら負けだよ、うん。
「…で、この通路は?」
「ん?ああ、ここは闘技場に繋がってる。共同だからかなり広い造りになってる」
「神威も使ってるのか?」
「今は使ってねーが、最初の頃はよく使ってたな」
歩きながら会話を続けてる内に到着したようで、結構頑丈そうなドアを押し開ける。
廊下が薄暗かった為に、急に視界に入った眩しい光に思わず目を瞑る。暫くして慣れてきた頃、ゆっくり瞼を持ち上げた。
「…広」
呆然と見上げる天井の高さ、これいかに。
闘技場を見た第一声は中の喧騒で掻き消された。闘技場は高さ、幅、奥行きまで非常に広く、たくさんの天人たちがそれぞれの武器を手に戦っている。いくら戦艦が巨大と言っても、こんなに広いのは反則じゃないのかと思った。何が反則か分からないけど。
「……こんなに広い場所があるなら、わざわざあんな狭いところで殺りあわなくても…」
ふと思い出した昼前のやり取り。第七師団居住区の、集中回路。あんな狭いとこより、ここの方が動きやすいのでは。
「ここでの死闘は禁止されてんだ。あくまで自分の戦闘力を高める場所だからな」
確かに、よく見ればここで戦ってる天人たちはレベルの高い技を使っているが、全て致命傷になる怪我は負わせていない。真剣を使っている者もいるけど、大体が峰打ちだったり模擬刀だったりする。
本当に死闘は禁止らしい。
「ここを初めに教えた理由…一つ、教えてやろうか?」
「?」
「まだ団長が春雨に入ったばかりん時、ここをよく使ってたんだ。お前さん守る為に強くなるっつってな。毎日、真剣に特訓してたんだ」
今じゃどうか怪しいけどな、と続いた言葉を遠くで聞きながら、呆然と戦っている天人たちの方へ視線を向ける。皆が真剣な表情で、気を抜くことなく己と向き合いながら得物を振っている。神威にもそのような時があったのかと思うと同時に、それが自分を守る為だと思うと、嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちになった。
神威があれだけ自分より強い者と闘いたがるのは、俺を守る為の強さを求めているから。でも神威が本当に守りたい存在は、この身体の本来の持ち主であって、俺なんかじゃない。
自分の為、それは嬉しい。だけど、それは…。
「…神無?」
阿伏兎に名を呼ばれ、ハッとして振り返ると、阿伏兎が俺の方を見ていた。
「どうした?急に黙り込んで」
「…何でもない。次、行こう」
情けない顔を見られたくなくて、顔を伏せて背を向ける。
勝手に闘技場を出て行った俺に、阿伏兎はため息を吐いただけで、何も言わずに黙ってついてきた。俺が何を思っているか、大まかではあるが解っているのだろう。深くは訊いてこないことが有り難かった。
小さく拳を握り、震えそうになる肩を懸命に堪えて。