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「じゃあまず…阿伏兎の部屋見せて」
「俺の部屋なんか見てどうするんだ?」
「どうもしないけど、見せて?」
「…了解」
よっしゃ、と内心ガッツポーズを上げて阿伏兎と一緒に部屋を出る。一度だけ通った神威の自室前の廊下は、昨日見た時と変わらず薄暗くて静かだった。
自力で、だがゆっくりと歩を進める俺に、阿伏兎は何も言わず歩調を合わせてくれる。これは俺の筋力を付ける為のリハビリ的なものも兼ねているのだ。何があっても手は貸さないように言っておいた。
暫く無言で歩いていると、横に一本の分かれ道が現れた。阿伏兎は迷わずその分かれ道へと向かったから、こっちに阿伏兎の自室があるのだろう。俺も阿伏兎の後に続いて角を曲がり、また真っ直ぐ歩き続ける。少ししてから右隣に現れたドアに、阿伏兎は手をかけガチャッという音を響かせて開けた。
ここが阿伏兎の自室か?と興味津々で部屋を覗いたが、視界に映ったのは一面真っ白な空間。昨日まで俺が寝ていた、あの真っ白な部屋だった。
「俺と団長の部屋の間に、この部屋があるんだ。ここのセキュリティは万全とは言えねーからな。俺と団長が見張ってれば大丈夫だろうと、あの団長が言ったんだ」
この通路は俺と団長しか通らないからな、と続いた阿伏兎の言葉を聞いて、そこまで配慮する程大事にされていたのかと思い妙に感動してしまった。あの神威が、と思うと余計にね…。
…だったら、あの分かれ道の先は何なんだ?そう尋ねた。
「ああ、あの先はお前の部屋だ」
「は?俺の部屋ってここじゃねーの?」
てっきりここが俺の部屋だと思ってたんだけど。
「ここはあくまで医療室だ。ちゃんとした部屋は別に用意してあるんだ」
なるほど。だったら後で見てみよう。神威と同じような内装だろうか。今から楽しみだ。
「で、阿伏兎の部屋は?」
「この先だ」
ドアを閉め、再び歩き始める。少し歩いたところで、今度は左隣にドアが現れた。それは、俺が昨日神威と会ったトイレとそう遠くない距離にあった。
「…俺、昨日ここ通ったけど全然気付かなかった」
「まあ、薄暗いし分かりにくい構造してるからな」
ほぼ壁と同化していると言ってもいい。それくらい分かりにくい感じになっている。このドアも、さっきの医療室も。
「…開けていい?」
「別に構わねーが、本当に何もねーぞ?」
「俺が気になるだけだから、気にしなくていいよ」
兄弟揃って自由奔放だな、という呟きをスルーしてドアを開ける。
さあご対面!と意気込んで開けた視界に飛び込んできたものは。
「………………すっげー書類の山」
これでもかというくらい大量の書類が山になって幾つも重なり、居住空間が凄く狭かった。汚い訳ではない。物自体は綺麗に整頓されているのだ。これは、あれだ…多分。
「団長が自分の仕事俺に押し付けて行っちまうんだ。俺の仕事もあるから自然と貯まってくんだ。あのすっとこどっこい」
…やっぱり。そんなことだろうとは思った。あの神威がちゃんと机に向かって仕事してるイメージが全然出来ねーからな。本気で阿伏兎に同情するよ。今度手伝えるなら手伝って、愚痴も聞いてあげよう。かなり溜まってそうだし。
「じゃ、他のところも案内して」
「へいへい」
ドアを閉め、また廊下を進んで行くと、暫くして一つの空間に着いた。そこは通ってきた廊下より一段と明るく、また、無数の通路に繋がる広間のようだった。
「ここは団員達の部屋に繋がる廊下の集中空間だ。好戦的な連中ばかりだから、殺り合うならここでっつー暗黙の了解があるんだ」
無駄に広いのもその為、という言葉で何となく納得してしまった。空間を見回せば、数えきれない程の大小様々な傷がある。深いものから、浅いものまで。仲間同士での、殺しあい。これが日常茶飯事なのかと思うと、今の自分の力では多分というか絶対生き残ってはいけない。なるべく一人で部屋を出るのは避けようと思った。でなければ、対処しきれず、いつの間にかあの世逝きだ。冗談抜きで、今度こそ本当に。
「…団員ってたくさんいるんだろ?静かすぎじゃねーか?」
さっきから気になってた、異様な静けさ。賑やかとまではいかないが、もう少し物音くらいしてもいいと思うけど。
「今は仕事で駆り出されてんだ。残ってんのは一部の奴らだけだ」
「…神威と同じ仕事?」
「確か、そうだった気がするが…」
「ふーん…」
あくまでイメージだが、単独行動が多そうな神威だから、団員を連れてることが正直意外だった。ちゃんと団長やってるんだな、一応。
「で、この通路真っ直ぐ行くと他の師団とこ行ける。案内はこれで終わりだ。部屋戻るぞ」
「えっ、他んとこ案内してくれねーの?」
「これ以上は危険だから駄目だ。リハビリっつっても、いきなり身体動かしたら逆効果になるかもしんねーしな」
「…チッ」
「舌打ちしても駄目なもんは駄目だ。………昼過ぎに出来たら、時間は作ってやる」
思わず出てしまった舌打ちは撤回だ。感謝するよ阿伏兎!
それから来た道を引き返し、神威の自室へ戻る。行きと同様、歩くのがゆっくりだった為時間はかかってしまったが、それでも自力で歩き切ったことに妙な達成感を感じた。
いつの間にか昼食時間になってたらしく、阿伏兎は自分と俺の分の昼食を取りに行った。その間俺はベッドに寝転がり、天井を見上げる。
第七師団の居住区だけで結構広かったから、戦艦自体相当大きいものだと分かった。幾つの師団があるのか忘れたけど、かなりの広さじゃないだろうか。迷子になりそうで怖いな…。
ていうか、あのアホ提督が一番広い部屋持ってそうなのが気に入らない。神威にやられるシーンで情けなさ全開だったから、あんま良い印象が無い。提督としての自覚無いよね、あれ。自分の保身にばかりかまけて…あ、なんか腹立ってきた。話脱線してる気がするけど気にしない気にしない。
ま、とにかく昼からが楽しみだ。こっちが本命みたいなものだし。俺の予想では夕飯前には帰ってくる筈だが、神威が帰ってくるまでには部屋に戻らないといけないから、そんなに見れないかもしんないけど。
そんなことを考えている内に阿伏兎が戻ってきた。ドアのノック音と共に身体を起こし、返事を返した。