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腹部を刺されて死亡→どういう原理かは知らないが、銀魂世界にトリップ→神威と全く同じ顔→言葉から察するに、どうやら俺は双子の兄らしい。
そんな計算式が、俺の頭の中でコンマ一秒で成り立った。
「勝手に抜け出されたら困るなぁ。いつでも見てあげられる訳じゃないんだからサ」
機嫌がいいのか、さして困った風でもなく明るくそう言うと、俺の頬から手を離し今度は手首を掴んで歩きだした。自然と引っ張られる形になり、否応なしに来た道を引き返される。
神威は一度も俺の方を振り返りはしなかったが、その表情は笑っているのだろう。
やっと目が覚めた――神威はそう言っていた。ということは、俺はずっと眠った状態だったということか?この体力の無さと四肢の細さからして、一日二日なんて長さでないことは明らかだ。
「…俺、どれくらい寝てた?」
薄暗い廊下を通り、あの真っ白な部屋に戻ってから、漸く振り向いた神威にそう尋ねた。一言も発さなかった俺が口を開いたことに驚いたようだったが、すぐに笑顔に戻り、ベッドに軽く腰掛け俺を手招いた。
「ああ、やっぱり声変わりしてるね。神無の高い声もいいけど、低い声もいいな。…正確には覚えてないけど、何年も経ってるよ」
手招かれるまま素直に従い、神威の隣に座る。
何年も寝たきり状態…それなら体力がないのも頷ける。声変わりする前に眠りについたのなら、相当時間が経ってる。
何故眠りについていたのかは分からないが、俺は自分が今どの立場にいるのかが全く分からない。原作も一応読んでいたが、最後に読んだのが大分前だからはっきりと覚えてない。
本来の神威の兄――この身体の持ち主には申し訳ないが、自分の都合良く使わせて頂こう。
「…俺の名前、神無って言うのか?」
「…え」
「さっき、あんたがそう呼んでた」
記憶喪失。さすがに都合良すぎるが、状況を知るには一番の手だ。何が原因で眠っていたかが分からない以上不自然になるかもしれないが、仕方ない。
「覚えて、ないのかい?」
無言で頷くと、神威はベッドから立ち上がり俺の正面に立った。いつもの笑顔は消え失せ、滅多に見せない真剣な表情に息を呑む。
ああ、あの戦闘狂でもこんな表情をするのかと暢気に思ってしまった。
「本当に何も覚えてないんだね?」
「…ごめん」
「いいよ、仕方ないことだし。自分のことは?」
「…」
「…そう。だったら知りたいこと訊いてネ。分かる範囲で応えるよ」
それはありがたい。だったら遠慮なく。
「あんたの名前は?」
「俺は神威。神無の双子の弟だ」
「俺が双子の兄…。他に兄弟は?」
「妹が一人。神楽がいるよ」
「ここは?」
「宇宙海賊春雨の戦艦。俺はそこの第七師団団長だ」
「団長…凄いんだな」
「まあね」
海賊って言葉があまり良い印象ではないが。
取り敢えず、ここまでは前置き。原作読んでたから知ってたことだが、記憶喪失設定なので一応訊いておく。場所確認は出来たし、次の質問が本題。
「最後に一つ…なんで俺は何年も眠ってた?」
理由だけでも訊いておかなければ。
「……それは……」
今まで簡単に応えられていた神威が初めて口籠もった。言い淀むこと自体原作でも無かったし、性格からして想像出来ないから素直に驚いた。
あの神威がこれ程までに言い淀むとは、一体どういった理由なのだろう。ますます気になってきた。
「……本当に、悪かった」
漸く出てきた言葉は謝罪の言葉だった。俯いた状態で表情は窺えなかったが、微かに肩が震えていた。
俺は黙って耳を傾ける。
「神無が眠ってたのは、俺のせいなんだ。…あの時俺たちは二人で修行をしていたんだ。足場の悪い、崖の上で。不意に吹いた強風に煽られ、俺たちは飛ばされて崖から落ちた」
淡々と、しかし深い後悔の念を感じられる声。静かな部屋にそれはよく響いた。
「…俺たちは海に落ちた。神無は俺を庇って岩に強く頭を打ったんだ。そこで脳震盪を起こし…さっきまで、ずっと寝たきり状態になった」
漫画でしか神威の姿を見ていないから、俺が知ってるのはほんの一部分。双子の兄なんていなかったから、この世界にとって俺はイレギュラーな存在。
これ程深く後悔するということは、神威にとって兄という存在が大事だということ。神威が意外にも兄思いだということは、俺が存在しなければ無かったことだ。
そんな俺が図々しくも原作キャラに関わっていいとは思えない。俺が介入することで、なんらかの変更が生じるかもしれない。
それでも、神威の兄として存在する以上全く関わらないなんてことは出来ない。だったらいっそのこと、思いっきり関わってやろうではないか。向こうの世界で死んだ俺は、二度と戻ることは出来ない。一生こっちの世界で暮らさなければならないのなら、遠慮なんかするものか。…だから、俺みたいな弱い奴じゃ頼りないかもしれないが、少しでもこの意外と脆い戦闘狂を支えられたら…そう思った。
「神威…顔を上げて」
素直に顔を上げた神威は、今にも泣きそうな情けない表情をしていた。いつもの何を考えてるか分からない飄々とした笑顔を感じさせない、誰にも見せることはないだろう神威の弱さ。
苦笑を溢すと、立ち上がって神威をそっと引き寄せた。固まってしまった身体に彼の驚きと緊張が窺える。
「俺は何も覚えてないけど…神威が責任を感じることはないよ」
「………」
「俺自身が望んでお前を守ったんだ。気にするな」
ついに堪えきれなくなったのか、涙を零す神威の背を撫でてあやす。
暫くそうしていると、急にドアが開いて誰かが顔を覗かせた。あの顔は…確か、阿伏兎か?
「団長ー、います…………あ?」
阿伏兎は俺の姿を見て驚いた様子だ。ちなみに神威は、ドアが開いた瞬間素早く俺から離れ、何事も無かったかのようにニコニコ笑っている。泣いていた跡も見つからない。流石と言うべきか、切り替えの早さに舌を巻いた。
「目ェ覚めたのか」
「うん。早速だけど、ご飯用意してネ。もちろん大量に」
「へいへい」
ダルそうにしながらも、ちゃんと上司の言うことは聞いて、しっかりブレーキ役になってる阿伏兎は俺の中で好印象だった。いかにも苦労人って感じがする。
阿伏兎が去ってから、また静かになった部屋で、神威は俺の手を引いてドアへ向かった。自然と引っ張られる形で俺もドアへ向かう。
「栄養剤だけだったからお腹空いただろ?すぐ出来るはずだから行こう」
そう言った神威は上機嫌で、作ったものでなく心からの笑顔を俺に見せた。心なしか足取りが軽い。多分無意識だろうから本人は気付いてないかもしれないけど。
それでも俺は、こっちに来てから初めての笑みを浮かべた。