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――遡ること数時間前。






どっかにある小さな星(名前は忘れた)での短期任務。長引く戦争により、星自体が既に荒廃し、全滅するのもそう遠くない未来となった荒れ果てた地での任務。
そろそろ終わらせてやれという上からのお達しにより、戦争の終結が今回の任務内容となった。
勿論、和平解決なんて面倒なことはしない。戦う人達さえいなければ戦争が終わる…つまり、この星に住む生物を全滅させるのが、一番手っ取り早くて楽な手段だ。
戦争の最中、俺達春雨第七師団が乱入。ほぼ殺し終え、真っ赤に染まった手を払って血飛沫を飛ばすと、一時戦線離脱して戦艦に戻る。阿伏兎に頼んだ兄さんへの連絡が気になったからだ。
……だというのに。

「連絡がつかない?どういうことかな阿伏兎」

持っていた水筒代わりの瓢箪が音をたてて潰れる。中身の水が飛び散り、手だけでなく服まで飛沫の痕が付いた。見る影もなくなったそれを落とし、濡れた手を払って乾かすと、馬鹿な発言をした阿伏兎に向き直る。
阿伏兎は頭を掻きながら不満そうな声を上げた。

「どうもこうも…そのまんまっすよ。連絡がつかない。それだけだ」

「…ふざけてると」

「こんなことでふざけたりしねーよ。自分で確めてみろ」

ほら、と手渡された電話を受け取る。何も表示されていないディスプレイを暫く眺めた後、渋々通話機能を起動させる。
別に阿伏兎を信用してない訳じゃないけど、どうしても返答が気に入らない。

「たまたま寝てるとか風呂入ってるとか、そういうのじゃないのかい?」

「それはねーだろうな。昨日から何回か掛けてるが、一向に出る感じがしねぇ」

それは確かにおかしい。何回も掛けて出ないなんて、神無に限ってありえない。
受話器を耳にあて、音に耳を傾ける。通話待機音が暫く鳴り響くが、一向に出る気配がない。…どういうことだ。

「まさか、部屋を脱け出してるとかじゃないっすかねぇ」

冗談ぽく阿伏兎がだるそうに言ったが、可能性としてはありえる。
毎日同じ部屋で、ほぼ監禁状態だったんだ。脱け出したくなる気持ちは分かる。俺だって嫌だ(自分が兄さんにやってたとかそこは無視だ)。

「…阿伏兎、早く任務を終わらせて帰るよ」

「団長がやる気になるとはね…明日は槍が降るんじゃないっすかねぇ」

「槍は降ったりしないよ」

「地球での例え言葉っすよ。ありえないことが起こる、それくらい珍しいことって意味だった…かな」

「曖昧だね。まあ、いいや」

立て掛けていた番傘を手に取ると、出入口へ一歩踏み出す。落ちていた瓢箪の欠片が踏まれた拍子に音を立てた。
後ろからは阿伏兎がついてくる。

「もうすぐ終わる筈だ。残党狩りを早く終わらせよう」

「了解」






まあ、予想通りと言えば予想通りだったわけで。
結論から言って、俺の部屋はもぬけの殻だった。

「どこに行ったか調べてきて」

「へいへい」

急いで任務を終わらせ、逸る気持ちを抑えながら戦艦に戻ったら、案の定神無は部屋にいなかった。明かりは点いてなくて、出ていった時には乱れていた布団がきちんと整えられていた。
そっと布団に触れる。普通の冷たい布だった。ぬくもりは感じられない。

「まだ二日しか経ってないのに」

記憶はなくてもやっぱり双子だね。行動が早い。
暗証番号を必要とするキーは解除された形跡があった。やっぱり自力で出たみたい。でもどうやって番号分かったのか…まあ、どうでもいいや。

「団長、どこに行ったか分かったぞ」

相変わらずの怠そうな目で歩いて戻ってきた阿伏兎に向き直ると、無言で続きを促す。
返ってきたのは予想外の答えで。

「密輸船に紛れ込んで地球に向かったようですよ」

地球。なんでまたそんなところに。
船内にある監視カメラを解析したところ、地球に向かう船に神無が乗り込む姿が映っていたらしい。 服装を見ると、俺達が出ていった日と同じようだった。

「ここからだと地球ってどれくらいかかる?」

「あー…任務行く前より大分移動してっから…二、三日くらいじゃねーのか?」

言うやいなや、番傘をひっ掴んで部屋を出ると阿伏兎が慌てて後ろをついてきた。

「団長、まさか…」

「そのまさかだよ」

後ろから溜め息が聞こえてきたけど、無視するに限る。
途中ですれ違った云業に上への任務報告と船の手配を言い付けると、阿伏兎へ言葉を投げかける。

「これから地球へ向かう。阿伏兎はついてきてね」

「へいへい」

待っててね、兄さん。
行ったことのない地球がどんなところか知らないけど、危険なところならどんな手段を使ってでも連れ戻すから。
もう二度と、兄さんを危険な目には遭わせたりしない。


2012.5.31

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