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「銀ちゃん鬼ネ!ふざけんなアル!」
そんなことを言って神楽が定春を連れて出て行ったのが数分前。今や騒々しかった万事屋はしんと静まり返っている。
銀さんから連絡が入り、神楽が呼びだされ、神楽が猛抗議するものの、俺に行けと言われかなり渋々出て行くまでの一連の流れは、たったそれだけで非常に疲労感を感じられた。主に精神的に。
なぜこんなに疲れるのかと問えば、彼らだからという答えしか思いつかない。彼らに会いたいとは思っていたけど、まさか普通にしているだけで疲れるとは思っていなかった。早くも後悔しそうだ。
「…神威の方がマシだと思えるあたり、俺も相当ヤバい気がする」
命の危機的に言えば神威の方が断然危ないが、疲れるというのも考え物だ。早くも神威が恋しくなってしまった(なんかこれ、凄いブラコンみたいな発言だな)。…勝手に出てきた自分の自業自得だけど。
「…暇だな」
時刻は昼過ぎ。神楽が出て行く前に一緒に昼食は済ませている。
午後の麗らかな陽気とほどよい満腹感が眠気を誘ってくるが、何の意味もなく必死に耐えている。特に理由はないけど、なんとなく寝たくない気分だった。
眠気を覚ますのと体力作りを目的に、身体を動かそうと立ち上がる。…が。
「…っ!?」
突如襲ってきた眩暈に、余儀なくソファに身体を逆戻りさせる。暫く頭を押さえて治まるのを待つ。
割とすぐに眩暈は治まったが、この分では身体を動かすことは出来ないから、再び手持ち無沙汰になる。眩暈は日常茶飯事とも言えるくらい日常的なことだから、対処とか判断は自然に身に付いた。というか身に付いてしまった。この世界に来て唯一ついた判断力といっていい。…嬉しくない。
「……咽喉渇いたな」
水、水と言いながら今度は眩暈を起こすことなくゆっくり立ち上がると、台所に向かってゆっくり歩き始める。
コップを一つ取り出して水を注ぐと、一気に飲み干してコップを濯いだ。蛇口を閉め台所を離れると、廊下に出たところでグラリと身体が傾き、再び眩暈に襲われた。
倒れる前に蹲り、眩暈が治まるのを待つ。が、暫く経っても眩暈が治まる気配がない。視界が明滅し、気分も悪くなってくる。ここまで酷く長続きする眩暈は初めてで、戸惑いとともに嫌な予感も感じた。
神楽と話している時も一度頭痛がしたけど、もしかしたら気のせいではないかもしれない。
「……っ」
不意に。
電話の音が、室内に鳴り響く。
高音の、しかも大きな音は頭に負担がかかる。漸く治まってきたところでゆっくり立ち上がると、音源の電話がある部屋まで向かう。
「……出ていいのか?」
いまだに鳴り続ける電話を前に立ち止まると、考え込むように顎に手を当て暫し逡巡する。ただの居候が勝手に電話に出てはいけない、それが仕事の依頼だったら尚更だ、などと色々考えている間に、煩いくらい鳴り続けていた電話はピタリと無言になった。
途端に静かになる室内。
出た方が良かっただろうかと不安になる反面、出ずに済んで良かったという安堵が胸中に広がる。
と思ったのも束の間。
「えぇ!?」
再び鳴り始めた電話に悲鳴を上げると、じっと電話を睨むように見つめる。
先程かけてきたのと同じ人物だろうか。だとしたら相当諦めの悪い奴だと思う。
なかなか鳴り止まない電話に痺れを切らし、恐る恐る受話器を手に取った。
鳴り止む電話。
そっと耳に押し当てると、緊張で強張る口を開いた。
「…も、もしもし」
『さっさと出んか馬鹿者。こちらとて暇ではないのだぞ』
「……桂さん?」
その声は昨日聞いたばかりの、桂さんのものだった。驚いて小さく名前を呟けば、相手も驚いたように俺の名前を呟いた。
『神無か?…どうやら無事に着いたようだな。妹には会えたか?』
「はい。お世話になり、ありがとうございました」
『気にするな』
「えーと、それで…どういった用件だったんですか?」
あの様子だと、俺が出るとは思っていなかった…用件は俺ではなく銀さんだと思った。
案の定、桂さんは銀さんがいるかどうか尋ねてきた。
『おお、そうだった。銀時はいるか?』
「いえ、仕事で俺以外全員出掛けてます」
まあ、神楽は嫌々だったけど。
『では、伝言を頼むが…いいか?』
「はい」
受話器を持ち直し、桂さんの声に耳を傾ける。桂さんは一拍置いた後、ゆっくり口を開いた。
『近々、海賊船がこの地球にやって来るらしい。以前一戦交えた春雨とは限らないが、用心するに越したことはない。気を付けるように…と』
「…解り、ました」
返した声は、予想以上に掠れて小さなものだった。喉の奥から無理矢理絞り出したような、そんな声だった。
その後一言二言交わしてから通話を切った俺は、呆然と桂さんの言葉を反芻する。
桂さんは、何て言った?
「…春雨、が?」
何故。
まさかもう出たのがばれて…いや、春雨とは限らないと言っていたではないか。春雨以外にだって海賊船はいる。きっとそれだ。
万が一春雨だったとしても、もしかしたらただの貿易という名の密輸かもしれない。俺には関係のないことなんだ。
何故、俺が動揺する必要がある?
「…大丈夫、俺には関係のないことなんだ」
言い聞かせるように呟く。
窓から見えた空は、僅かに曇り始めていた。