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「…あの」
「朝食欲ねーからこんなに食えないんだけど…」
「何言ってんだオメー。神楽の兄貴なら神楽と同じくらい食うんじゃねーのか?」
「夜兎皆が大食漢だと思うな。確かに殆どが大食漢だけど」
「…えっと」
「神無、そこの醤油取るネ」
「はい。あ、そうだ神楽。俺のおかず食べるか?」
「食べる!さっさと寄越すアル!」
「それが人に物を貰う態度か!?」
「いい加減気付いてください三人とも!!」
「「「あ、いたの」」」
「わざとでしょ。絶対わざとでしょ」
うわー、新八弄るの意外と楽しい。
朝ご飯食べてたら、出勤してきた新八が俺を見て固まった。そりゃそうだ、知らない人間が何食わぬ顔で普通にご飯食ってるんだから。疑問に思わないはずがない。
しかし、神楽は毎朝あんな量のご飯食ってんのか。俺の何倍…いや、何十倍もあったぞ。流石兄妹、神威といい勝負だった…じゃなくて。
「誰なんですか、貴方」
じっと俺を見てくる新八の視線は、怪しい者を見るような目付きをしていた。確かに怪しいけど、怪しいけどしかし。
「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
「なっ…見つめてませんよ!自意識過剰ですか!」
おお、新八の生ツッコミ、いただきました。
でもこれって、誰だって思うことだよね?何もやましいことなんてないのに、じっと見られると恥ずかしがったり居心地悪かったり。
朝食を終えた今、皿の片付けを新八とやってる俺は、一度も新八の方を向くことなく自身の名を告げた。
「俺は神楽の兄貴、神無だ」
「神楽ちゃんのお兄さんですか?」
僅かに驚きを含んだ声を上げ、動かしていた手が止まるのが視界に入った。
「…確かに、神楽ちゃんと似てますね。肌も白いですし。…ていうか、神楽ちゃん以上に白い気が…」
「だって俺、一度も日に当たったことないから」
夜兎だからといって、全く日に当たらないわけではない。ある程度の耐性さえあれば、少しなら当たっても問題はない。だから、総じて白い夜兎の中でも、僅かに色があったりする場合がある。
…と、阿伏兎から聞いたことがある。
「一度もって…生まれてから一度もですか?」
どうやら警戒心は解けたようで、言葉に硬さや棘が含まれていたものが、今では感じられなくなった。そのことに少し安堵する。
「聞いた話と自分の記憶の限りではね。一度もお天道サマを拝んだことはないかな」
洗い終わった皿をタオルで拭きながら、ちらりと新八を一瞥する。新八も同様に皿を拭いていたけど、その表情は複雑そうだった。
「あの、神無さんは…なぜ地球に?」
重い沈黙の中、切り出された話は非常に答えづらいものだった。素直にそのままのことを話せば、必ず春雨の話題に辿り着く。春雨はこの子達にとって危険な敵。下手に口を滑らせてしまえば、面倒なことになるのは目に見えている。銀さん達には深く聞かれなかったから良かった。だからといってこのままだんまりというのも可笑しいから、ボロが出ない程度に慎重に言葉を選ぶ。
「俺は…観光かな」
「え、神楽ちゃんが出稼ぎだと言ってたので、神無さんもそうじゃないかと思ったんですが…」
「そんなこと言ってたのか。俺は働くなんて性に合わないから、観光ついでに神楽の手伝い出来たらいいかな。流石にタダ飯食らいは気が引けるし」
「…そうですか」
うわぁ、俺さりげなくニート発言しちゃったよ。働かないとか、ダメ人間の仲間入りじゃん。今は人間じゃないけど。
話している内に皿は拭き終わり、タオルと皿を片付けて居間へ向かう。その後を新八がついて来た。
「おー、新八。仕事の依頼だ。行くぞー」
「えっいつの間に…!ちょっと待ってください!」
「頑張ってくるヨロシ」
「え、神楽は行かねーの?」
「神無を一人にするなんて言語道断ネ」
「そーいうわけだから、留守番頼んだぞ」
「気にしなくていいのに…了解」
仕事の依頼が来たらしい銀さんは、早速新八を連れて出て行ってしまった。
数少ない依頼だけど、真面目にしっかり解決出来るのか…色々不安だ。神楽は全く気にしてないようで、ポテチをバリバリ貪りながらテレビを見てるけど。
「かーぐら」
名前を呼びながら隣に座る。貪りながらだけど、俺の方を向いた神楽は、若干眉を顰めてモゴモゴと口を動かした。
「口に詰め込みすぎだ。ちゃんと飲み込んでから喋ろうな」
「…ん。さっきの感じ、凄くバカ兄貴に似てたネ」
「さっき?」
「ここ座る時のことアル。声とか口調とか雰囲気とか」
「そりゃ、まあ…双子だし」
似てるから不愉快だった、ということだろうか。だからってどうしようもないんだけど…。
「…神楽。俺は神威のことを何も知らないんだ。もし良かったら…教えてくれないか?」
一瞬手の動きが止まったように見えた。案の定、苦い顔をして空中を睨んでいる。
神楽は神威が嫌い、それを分かっててこの質問は流石に無神経だったかと質問を取り消そうとしたけど、その前に神楽が口を開いた。
「…神威は、手の付けられない戦闘狂ネ。親殺しなんて廃れた風習に従って、危うく死にかけたバカアルよ」
「…普段ニコニコばっかしてるからそんな感じはしねーけど…」
「あのバカは何考えてるかわかんねーから注意するアルよ。……あ、でも」
一旦言葉を区切って、神楽は俺の方を向いた。
「一度だけしか見たことないけど、神無が寝てる時、見たことないくらい穏やかで優しい表情してたネ。一瞬誰かと思って我が目を疑ったアル」
言い終わってまた前を向いた神楽は気付かなかったようだけど、俺は何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
それは俺に対してではなく、本来のこの身体の持ち主に向けられた表情の筈だから。俺に向けられた表情ではないから。
頭が一瞬、ズキンと痛んだ気がして顔を顰めた。