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隣に神楽、正面に銀さんという形で座り、初めて見る生の万事屋の部屋に感動する暇もなく(生で見ることなんて普通ならあり得ないけど。あ、定春発見。大きいなーもふもふしたいなー)、銀さんが怠そうに視線を俺に向けてきた。
「…で?お宅誰ですか?」
「神無です」
「いや、だから神楽の何?」
「兄です」
「…兄?」
「はい」
「だったら何で『初めまして』なんだ?」
「…それは神楽から」
銀さんの疑問は最もで、兄妹なのに『初めまして』は事情を知らなければ訝しがられる。俺と神楽がどの程度関係あるかを理解してない俺は、説明として神楽を選んだ。
軽く叩いて神楽を促すと、神楽は涙を拭いて顔を上げた。
「…神無は、私が物心ついた時からずっと寝てたアル。だから一度も声を聞いたことも喋ったこともないアル。いつもチューブで繋がれて呼吸してるだけで、私はそれをいつも見てたアル。…でも」
そこで神楽は言葉を切り、僅かに怒りを混めて語調を強めた。
「あのバカ兄貴、チューブで繋がれた神無を連れて家を出ていったネ!食べることの出来ない神無の栄養源を抜いて…殺すつもりかと思った…信じられないアル!!」
また神楽の目には涙が滲み出し、俺は初めて知った事実に内心驚いていた。そんな栄養源が抜かれた状態でよく生きてたな、俺。まあ、一時的だろうけど(気にするところはそこじゃないとか突っ込まないで)。
銀さんを見れば、顔を手で覆ってすすり泣きをしていた。
「大変だったんだな、お前も…」
…銀さんって涙もろい人だったっけ?まあいいや。
啜り泣いてた銀さんは、ふと顔を上げると、俺を見てきた。
「…ん?だとすると、神無…か?は、今どこに住んでんだ?神楽曰くバカ兄貴と一緒なのか?」
「一緒です。目が覚めたのが数日前で、その上記憶がないので迷惑ばかりかけてますが」
「数日前!?だったら安静にしてねーとダメじゃねーのか?ずっと寝てたんだろ?」
「…体力がないこと以外は特に問題なかったので大丈夫だろうと」
「バカ兄貴から逃げてきたアルか!?」
「え?いや、違」
「あのバカ兄貴のことネ、酷い扱い受けてたアルか!?安心するネ、私がいるからにはもう大丈夫アル!」
「人の話聞いてる!?違うって言ったっていうか言おうとしたよね!?」
何でここの人たちは人の話を聞かないかなぁ!?定春も欠伸してないで何か言ってくれればいいのに!(犬にそんなこと求めるなんてただのバカだ)
「そーいえば、何で神楽の場所が分かった?」
銀さんにとっては当然の疑問だったが、俺はピタリと動きを止めて銀さんを見た。
記憶がない上に顔も見たことのない神楽の居場所が何故分かったのか、銀さんの目はそう言っていた。確かに不自然で、おかしいことだと思う。だからと言って本当のことを言うわけにもいかない。
事実を混ぜつつ、嘘を言えば問題ないだろうか。
「…桂って人に教えてもらいました」
「ヅラ?」
意外な人物の名前が出てきたからか、銀さんは驚いた表情をした。
あ、やっぱりヅラ呼ばわりなんだ。
「ここ…地球に来た時、桂さんに助けてもらったんです。その時に、俺と似た夜兎の娘がいると聞いて、もしかしたらと思って…前に妹がいると聞いたことがあったので来てみたんです」
「…なるほどな」
納得してくれたようで、深くは聞いてこなかった。間違ってはないから心配ないけど…。
「そういえば、名前訊いてませんでした」
「俺か?俺は坂田銀時。万事屋銀ちゃんとは俺のことだぜ」
ふっ、と笑い何げに格好良く決められたけど敢えてスルー。
「じゃ、銀さんって呼んでも?」
「あれ、スルー?せっかく格好良く決めたつもりだったのに…」
「一々うじうじするような男は嫌われますよ」
「誰のせいだと思ってんの」
「さて、誰でしょうね。責任転嫁は良くないですよ」
「…お前、実はそっちが本性だな?そうなんだな?」
「…フッ」
「うわ、こいつ鼻で笑いやがった!何これスッゲームカつくんですけど!」
バンッと机を叩いてキレる銀さん。やべ、楽しいかもこれ。
ま、冗談はさておき。
「…で?何でこんな時間に来たのかな神無くん」
「昼間は外に出られないので仕方なく」
「そういえば傘はどうしたアルか?」
「……いやー、俺って本当バカだよねー…」
「ちょ、勝手に一人で落ち込むの止めてくれる!?どうしたのって聞いてんの!」
「ない」
「ないって…忘れてきたのか?」
「ううん。ない」
「…自分の傘がないアルか?」
「うん」
「傘は夜兎の命アル!あのバカ兄貴、何で傘を渡さないネ!」
命?…まあ、夜兎にとっては命になる、か。
「何でって…あいつ、俺を外に出すつもりなかったみたいだし、仕方ないんじゃ…」
「そんなんで済ませられることじゃねーんじゃねーの?第一、出すつもりないって、だったら何でここにいんの」
「地球来てみたいなーて思いまして、留守狙って出てきました」
ぴっ、と銀さんの人差し指が立てられ、まるで推理を披露するように落ち着いた声で話しだした。
「つーことは、要するに…軟禁状態に嫌気が差し、神楽曰くバカ兄貴が留守になるのを狙って脱走。地球に来たはいいものの右も左も分からない…そこでヅラに助けられ、神楽がここにいることを知って傘の無いお前は動ける夜の内に来た…でいいんだな?」
「え?あ、うん…」
スゲー、ほとんど合ってる。別に嫌気が差した訳ではないのだが…わざわざ訂正するのも面倒だから何も言わないでおく。
「じゃ、寝る場所は決まってねーのか?」
「…そうですね。決まってません」
すっかり忘れていた。寝床決まってない。もし外に放り出されたら、先日のように木箱で寝なければならない羽目になる。…それは嫌だな…。
「だったら私と一緒に寝るアル!」
「え」
「いいでしょ銀ちゃん!」
「…ま、ここで宿無しの子どもを追い出す程落ちぶれちゃいねーよ。オメーはそれでいいか?」
「…いいんですか?ありがとうございます」
良かったー追い出されなかった!と安堵していると、ビシッと目の前で指を差された。ビックリして目を見開く。
「それと、敬語は止めろ気持ち悪ィ。人によって使い分けるの面倒だろ」
き、気持ち悪いって…。変なのか?俺の敬語。
まあ、使い分けるのが面倒なのは本当だし、本人がいいって言うならいいかな。
「分かった。お世話になります、よろしく銀さん」
「おう」
短く返事を返し、ニッと笑う銀さん。つられて俺も笑い、神楽も嬉しそうに笑った。ワンっと定春も一吠えした。