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春雨を一人で歩き回るのは危険、と身をもって思い知らされた先日。あれから数日経った今、一歩も神威の部屋を出ていないが(というより出してもらえないが。軽い軟禁状態だ)、正直言って暇だ。室内でのリハビリという名の運動にも限界があるし、人並みの体力、筋力はついてきた。だから外で動き回ってみたいのだが…。
ぶっちゃけ、地球に行きたい。んでもって、万事屋や真選組のメンバーに会いたい。高杉は危険だから遠慮したいけど…せっかく銀魂の世界に来たのなら、楽しまなきゃ損だよ。…まあ、神威が外出を許してくれる(ご丁寧に出入口には鍵が掛かっている。しかも暗号式。自力では出られないのだ)とは思ってないから、我慢するしかないが…。
第一、俺は一応記憶喪失という設定にしてある。いきなり地球に行きたいなんて言いだしたら、怪しまれるに決まってる。自分の身を危険に晒すような真似は避けたい。
さて、どうしようかと悩んでいると、神威と阿伏兎が話しているのが聞こえた。どうやら仕事の話をしているらしい。そば耳を立てていると、転生郷という単語が聞こえてきた。
…転生郷?
転生郷って確か、ハム子とかいう女が出てきて、銀さんと桂が拉致られた新八と神楽を助けるって話だったよな。春雨が関わってたってのは覚えてるが、今なのか?
これは地球へ行くチャンス、とニヤリと笑った俺は(怪しまれるとか矛盾してるとか気にしない。迷子になったと言えば大丈夫だ、多分)、神威がこちらに振り向いたのを見て慌てて表情を戻す。

「神無」

「何?」

「これから暫くここに戻って来れないけど、大丈夫だよね」

「暫くって…どれくらい?」

「んー…分からないけど、とにかく暫くかな?」

アバウトだな、おい!でも好都合!
適当に相槌を打って、その後の話を受け流す。いろいろ注意されたけど(前科があるからね)もともと守る気はないので、神威には悪いけどそこはスルーする。

「団長、そろそろ…」

「じゃ、くれぐれも大人しく、大人しく待っててね。行ってきます」

…二回言った。二回も、しかも二回目凄く強調してた。なんか神威がどこかのおふくろに見えてきた。
行ってらっしゃい、と挨拶を返したところで、神威がドアのタッチパネルに手をかけるのをさりげなく横目で見やる。入力されたキーは…あれか。よし、記憶した。
…しかし、部屋から出さないつもりなら、もう少し入力されるキーを隠す素振りくらい見せてくれてもいいと思うんだけど。ちょっと拍子抜けした。
部屋から出ていったのを見送って暫くしてから、素早く服を着替えて身支度を整える。特に必要な物はない…はず。手ぶらで行っても問題ないはずだ。うん、大丈夫。
部屋を見回して何もおかしいところがないのを確認してから、記憶したキーを入力してドアを開ける。数日振りの廊下だ。部屋の電気を消して、廊下に出る。






その時俺は、自分が今夜兎の身であることをすっかり失念していた。傘も持たずに部屋を出た俺は、ただの馬鹿以外の何者でもなかった。






部屋を出てから第七師団の居住区を出て、小型船乗り場のある場所へ向かう。数日前阿伏兎に案内してもらった時、そこも案内してもらったので場所は覚えてる。迷うことなく進んでいる間にも、前と同じ好奇の視線を向けられる。やはり気分のいいものではないが、気にしなければいい話だ。スルーだよ、スルー。
漸く着いた小型船乗り場で(当然だけど結構広い)、どれが地球へ向かう転生郷の輸送船かを探す。まだ神威がここにいるはずだから、見つからないように隠れながら、慎重に。
辺りに視線を巡らせて少しずつ移動しながら探していると、ある小型船で大量の段ボールが運ばれているのが見えた。ガムテープで、きっちり隙間無く蓋が閉じられ中身は分からないが、あれは多分転生郷だ。他にそれらしい船がないから、かなりの確率ではないかと読む。ということは、あの船に乗れば地球へ行くことが出来る。帰りは…まあ、何とかなるだろう。自力で帰れるとは思えないが(可能性は限りなく低い。ほぼゼロ%)、それはその時考えればいい。我ながら能天気過ぎる気がするが、そうでなければやってけない。それに、案外どうにかなるもんだ。大丈夫大丈夫。
荷物を運び終え、人目が少なくなる隙を狙って様子を窺う。暫く経って、人が少なくなり、動きやすくなる隙が出来た。素早く影から飛び出すと、走って荷物が運ばれていた入口から入る。
荷台になってるそこは、これでもかというくらい段ボールが積まれていて、人一人分入る隙間があまりない。このままでは天人たちに見つかってしまい、降ろされる羽目になる。下手すれば、神威に部屋を出たことがバレかねない。注意されたばかりだから、それだけは避けたい。黒い笑顔を浮かべ、拳を掌にパシッと打ち付ける姿が容易に想像でき、ぶるりと身体を震わせる。やっぱり出なければ良かったかと後悔しかけたけど、もう遅い。
仕方なく、少しずつ段ボールの山をずらして、自力で隙間を作る。そこで人が近づいてくる気配を感じ、慌てて作った隙間へ潜り込む。狭くて少し息苦しいが、文句は言っていられない。そして荷台の出入口のドアが閉められ、光を失った空間は暗闇に包まれた。
何も見えない中、段ボールを押して隙間を大きくする。息苦しさから開放され、大きく息を吐き出した。
緊張が解け、漸く心にゆとりが出来た。地球に着いてから、どうやってこの荷台から見つからずに出ようかと考え始めた時、底に響くような轟音と共に急に船が大きく揺れた。

「…っ!?」

それに合わせて段ボールも揺れ、再び押し潰される形になる。いきなりのことで混乱する頭を余所に、もう一度船体は揺れた。
先程の轟音は多分エンジン音…動き出したのか?そう思ったと同時に、段ボールの上に積まれていたらしい固い何かが頭の上に降ってきて、ゴッという音が耳に入る。そのまま昏倒してしまった俺が聞いたのは、カランという物が落ちた音だった。

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