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それから数時間、春雨戦艦内を歩き回って案内をしてもらった。全ては見ることは出来なかったが、それなりに楽しむことは出来た。
ただ、どこに行っても向けられる視線は好奇なものばかりで居心地は悪かったが。常に視線を感じているのは、あまり気分が良くない。
流石にずっと歩き続けて疲れたのと、神威がそろそろ帰ってくる時間だろうということで、今は部屋に戻っている途中。阿伏兎がなるべく人気の少ないところを選んでくれているのは、凄く嬉しい。俺に向けられている視線がどんなものか、気付いていたようだ。

「阿伏兎、ちょっといいか?」

不意に後ろから声をかけられ、二人同時に振り返ると、そこには一人の天人が立っていた。
人の形をしているが、結構いかつい顔をしている。がたいが良く、筋骨隆々としていて、いかにも猛者といった感じだ。俺になんか目もくれてないみたいだが…この人、怖い。雰囲気というか…醸し出すオーラが他の団員とは全然違う。春雨の中でもかなり上位に入るくらいの人だと思う。
無意識に一歩後退った俺を一瞥すると、阿伏兎は俺より前に出て、その大きな身体で俺の姿を天人の視界に入れないように隠した。

「なんだ?」

「上からの連絡を伝えとこうかと思ってな」

「そうか。…ここで待ってろ」

後半部分を小さな声で俺に伝えると、天人と一緒にこの場を離れた。話し声が段々遠くなり、次第に何も聞こえなくなって辺りに静寂が満ちた。
数時間ぶりの一人きり。歩き疲れて座り込むと、息を吐き出して天井を見上げた。
緊張が解かれ、身体が震えていることに気付いた。あの天人に、怯えていたから。
情けない、と自嘲気味に笑うと、足音が廊下に響いて聞こえてきた。微かに声も聞こえる。一人ではない…足音から考えて…二人か?こっちに向かってくる!
煩く耳の奥で鳴り続ける心臓を宥めながら、声と足音がする方向を睨み付ける。それは俺と阿伏兎が進んでいた通路の少し先に見える、十字路になった右の曲がり角から聞こえてきた。

「…で、……だ」

「それ…な…」

話し声がはっきりしてきた。近い。
そこまで考えて、ハッと自分が怯えていることに気付いた。
何に怯えている?警戒する必要がどこにある?先程の天人の気にやられたか?答えは全て、解り切っている。天人が、怖いから。
自問自答を繰り返している間にも、足音は近づく。生唾を呑み込み、じっと睨み続ける。
姿が、見えた!

「だったら、その方がいいんじゃねーか?」

「やっぱそう思う?」

どうやらこちらには気付いてない様子。このまま通り過ぎてくれ…そう願った。
が、こちらに気付いてはいないものの、俺は天人たちの会話の内容に頭が真っ白になった。

「しっかし、あの団長もふざけてるよな。関係ない他の団の奴ら使い走りさせたらしいぜ」

「あの団長って、神威団長のことか?」

「ああ。しかも機嫌悪ィ時は、ほんのちょっとミスっただけで瞬殺!」

「マジかよ!?おっかねー…」

「だろ?何様だよって感じだよな。あんな奴、さっさといなくなればいいのに」

団長ともなれば尊敬されると同時に畏怖、憎悪の対象となる。もちろん神威だって例外じゃない。
頭では分かってても、実際に悪口を聞いて冷静でいられるほど俺は大人じゃなかった。気付いた時には、天人たちの前に立ち塞がっていた。

「な、なんだお前…!」

「か、神威団長!?」

狼狽える天人たちを無視して、俺は声を張り上げた。

「あいつの悪口言える程偉い立場なのか!?ふざけんな!!」

急に怒鳴った俺を見て、きょとんとした天人たちは、そこで俺が神威ではないことに気付いた。

「っまさか…神威団長の兄貴!?」

「目覚めたって噂は本当だったんだな…」

「誰が誰の悪口を言おうが勝手だろ!お前に言われる筋合いはない!」

最初こそ驚いた表情をしたものの、そのうち相手も顔を怒りに歪め、怒鳴り返してきた。
確かに誰が悪口を言おうと、その人の勝手だ。とやかく言う筋合いはない。俺だってクラスメイトや先生の悪口を散々言ってきたんだ。人のことは言えない。
それでも、弟の…神威の悪口を言われるのは許せなかった。身勝手だと罵られようが構わない。俺はこいつらに腹が立った、ただそれだけだ。

「確かにお前の言う通りだ。俺に咎める資格なんてない。けどな、悪口ってのは本人や、その親しい人たちに聞かれないように言うもんだ。人通りのあるこんな通路で、んな大声で言ってんじゃねえ!それに、神威は確かな実力を持って今の地位にいるんだ!悔しかったら自分の力で奪ってみせろ!文句はそれから散々言えばいい!!」

一気にまくし立て、肩で荒く息をする俺に、天人たちは逆上して拳を振りかぶってきた。咄嗟に後ろに跳び退いて躱したが、相手は仮にも宇宙海賊春雨の団員。躱した俺に素早く距離を詰めて、再び殴りかかってきた。対する俺は体力が元からない上に、歩き続けた疲労が溜まって、躱すのが精一杯だった。目の前まで迫った拳を避ける余力は残されていない。
当たる、そう覚悟して目をギュッと閉じた。

「…?」

が、いくら待っても衝撃がこない。
どうなってる?そっと目を開けた視界に飛び込んできたのは、自分と同じピンクの髪。耳に入ってきた声に、驚きと安堵を感じた。

「誰に殴りかかってたのかな、君たちは」

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