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「はぁ?」

裏返った声が薄暗い室内に響く。
ここは自室。時刻は午前6時。起きるにはまだ早い時間。
気持ち良く眠ってた私は、突然鳴りだした携帯で目を覚ました。安眠を邪魔されたことで不機嫌丸出しのまま携帯を開けば、母の名前が液晶画面に映し出されていた。電話だった。
曰く。

「昨日言い忘れてたけど、お父さんとお母さん今日から一ヵ月間イタリアに行ってるから、家のことよろしくね!不規則な生活にならないように!あ、明日お母さんの友達が家に来るはずだから、失礼のないように。じゃあね!」

思わず携帯を握り潰しそうになった。
両親の突然な行動は今に始まったことじゃない。既に慣れたと言ってもいいが、振り回される方の身にもなってほしい。こういう自由奔放なところは工藤くんの両親と似てるかもしれないと思った。
そこで、ふと母の言葉を思い出す。明日、母の友達が来ると言わなかったか。なぜ母がいない時に来るんだ?
そういえば、私は母の友達というものに会ったことが一度もない。話でたまに聞くけど、顔どころか名前さえ知らないのだ。何人友達がいるのかも分からないし、交友関係も知らない。そんな母の友達が、なぜ家に?

「…ま、考えても無駄か…」

寝起きの思考はかなり鈍い。考えたところで何かが分かる訳でもないから、取り敢えず諦めてベッドから降りた。
覚醒した今、また眠ろうとは思わなかったから、仕方なくリビングへと向かう。
リビングに着いた時、一番に目に入ったのが、机の上のおにぎりとメモ。おにぎりは朝ご飯として用意してくれたんだろう。メモを手に取って見れば、母の流暢な字で「お金はいつもの棚に置いてあるから自由に使っていいよ。ただし、よく考えて使うこと!」と書かれていた。金で機嫌取りかと卑屈に考えそうになる頭を振って、テレビを点けた。
適当にニュースを見ながら、おにぎりを食べる。今日は休日。せっかくだから、久しぶりに渋谷に出かけるのも悪くない。欲しい物もたくさんあるし。
食べ終わったら早速準備をしようと意気込んで、私はテレビを切った。






電車を乗り継いで数駅先、漸く着いた渋谷駅は休日ということもあって、たくさんの人で溢れていた。主に若者が多く見受けられ、偏見かもしれないが、ああ渋谷だなと思わせられる。渋谷といえば若者の街というイメージが私の中であるのだ。

「どこ行こっかなー」

広いけど大勢の人達のせいで狭く感じた渋谷駅を出てから、どこに行くか決めていないことに気付く。適当に歩けば大丈夫だろうと思って、何も考えてなかった。
立ち止まっていても邪魔なだけ。取り敢えず知ってる店に寄ってみようと考え、足をそちらへ向ける。
暫く歩いていると、後ろから声をかけられ、何なんだと振り返る。するとそこには、いかにも柄の悪そうな連中がいた。ニヤニヤとした気持ち悪い笑みを向けられ、若干どころかかなり引いた。足が一歩後ろに下がる。

「姉ちゃん、暇?良かったら俺たちと遊ばねぇ?」

その台詞を聞いて、正直うわぁと思った。なんてベタな台詞。今どき本当にこんな台詞使う人がいるのかと意外に冷静な頭で考え、ナンパだと気付く。よっぽど暇人なんだな、とか、私なんかをナンパするなんて物好きだな、とか見当違いなことを考えていると、なかなか反応を示さない私に痺れを切らしたのか、声をかけて来た人が腕を掴んできた。

「っ放してください」

流石に慌てた私は、腕を引こうと力を込めるも、男の力に勝てる筈もなく、びくともしない。周りに視線を滑らせるも、通りゆく人々は皆見て見ぬふりで我関せずといった風だ。薄情な奴らめ。

「そんなこと言わずにさ、俺たちと遊ぼうぜ」

「っだから!」

「すみません、その子俺の連れなんで、放して貰えませんか」

なかなか放そうとしない男に苛立ちが募り、声を荒げかけたところで、一人の少年が私を庇うように、私に背を向けて割って入って来た。見知らぬ人の登場に私も男も驚き、お互い動きが止まる。

「んだ、てめえ?」

「あの、ちょっと…」

「俺に合わせて」

戸惑う私に小さく声をかけると、少年は私の腕を掴んでいる男の腕を掴んでグッと力を込めた。一見細身であまり力はなさそうだが、その力が意外と強かったらしく、小さく呻いた男から私の腕は解放された。咄嗟に腕を引いて、少年の後ろに隠れるように身を引いた。

「待たせてごめん、行こうか」

「う、うん」

そのまま唖然としている男達を無視して、突然繋がれた手に驚きながらも、手を引かれながら私と少年はその場を去った。後を追ってこないあたり、諦めたのだろう。ホッと安堵の息をついた。
暫く歩いて人通りの少ない道への角を曲がり、男達の視界から消えると、繋がれていた手が放された。そして少年が振り返り、漸く顔を見ることが出来た。が、私は驚愕で目を見開いた。

「く、工藤くん…!?」

その少年は工藤くんとそっくりの顔立ちをしていた。双子ではないかと勘違いするくらいよく似た、まさにドッペルゲンガー。
私の反応が気に入らなかったのか、僅かに眉間に皺を寄せると、さっきも聞いた工藤くんそっくりの声で文句を言ってきた。見た目だけじゃなく声までそっくりとは。危うく騙されそうになったが、これは別人だ。そう言い切れるのは、工藤くん本人が今は小さくなってしまっていることを知っているからと、少年が纏う雰囲気が工藤くんとは違って見えたから。

「…言っとくけど、俺は工藤じゃねーぞ」

「え?あ、あぁごめん。助けて頂きありがとうございました」

一応助けてくれた恩人だ。一礼して礼を言うと、少年は気を良くしたのか、にかっと笑った。

「気にすんなって。あんなの、当然のことだろ?」

「その当然のことがなかなか出来ないことだと思うんですが」

私の返答に目を丸くして驚いた少年は、あー、とかうー、とか唸りだして、少し言いにくそうに口を開いた。

「相変わらず神経図太いよなー…。敬語は止めろ。普通に話してくれねーと違和感ある」

相変わらず…?
少年の言葉に動きが止まる。
まるで、普段の私を知ってるような言い方だ。
私は、この少年を知らない。

「あの、どこかでお会いしました?」

警戒心顕に尋ねれば、少年は驚きに目を瞠り、そして自分の失言に気付いたようで、少し慌てたように弁解してきた。

「あー、ほら、覚えてない?黒羽快斗!小さい頃よく遊んだ!」

「黒羽快斗?」

反芻して記憶を手繰り寄せるも、私の知ってる名前にその名はなかった。更に怪訝そうな顔で黒羽と名乗った少年を見やると、何かに思い当たったのか、苦笑を返された。

「あー、そっか。そういえばそうだったな。覚えてなくても仕方ない…か」

一人で納得すんな、と突っ込みたかったが、急に差し出された手に意識を持っていかれ、言葉を呑み込んだ。

「…?」

訝しげにその手を見れば、人懐っこい笑顔を向けられた。

「俺にとっては久しぶりだけど…改めて、黒羽快斗です。よろしく、結希!」


2011.06.15

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