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静かな部屋に響いた、工藤くんの声。
まるで小説の一部を抜粋しただけのような内容に、それが本当は嘘ではないかと思ってしまう。
でも、工藤くんの真剣な目を見てしまえば、それが真実なんだと思わされる。事実、工藤くんはこうやって小さくなって私の目の前にいる。
信じるしか、ない。

「…なんか実感湧かないけど、本当…なんだよね」

小さく呟けば、工藤くんは頷いた。
日は既に傾き、室内がオレンジ色に染められる。どこかの絵画のような光景が瞳に映し出される。

「まさかそんなことになってたなんてね…そりゃ蘭には言えないね」

「当たりめーだろ。んな危険なことに巻き込めるかよ」

「…んー、じゃあ、何でキッドは工藤くんのこと知ってたの?」

これは少し気になってたことだ。
昨日の屋上での会話。キッドは、コナンくんが工藤くんだと知ってるような感じで話してた。まさか工藤くんが自分で正体バラした訳じゃないだろうし…。キッドのことだから、自力で見抜いたのだろうか。

「あいつ、俺と博士の会話盗み聞きしてたんだよ。多分そん時にばれたんじゃねーか?」

「なんて適当な…」

頭の後ろで手を組んで足をぶらつかせ始めた工藤くんは、投げやりな感じで答えた。眉間に皺を寄せ、不機嫌そうなその姿は、まるで拗ねた本当の子どもみたいだった。

「このこと、他に知ってる人は?」

「父さんと母さん、博士に灰原、それから服部だな」

聞き慣れない名前が二つ出てきた。工藤くんのお父さんとお母さんには一度会ったことがあるから覚えてるし、博士も何度か会って、優しいおじいちゃんという印象を持っていた。純粋に問い掛ければ、素直に返事が返ってきた。

「服部は西の高校生探偵って言われてる奴だ。会って二度目で正体見抜いたのがこいつだな。で、灰原は…詳しいことは言えねーけど、俺と同じ、小さくなっちまった奴だ」

会って二度目で正体見抜いた奴…一人目が、その服部って奴だったのか。西の高校生探偵といえば新聞か何かで見たことがある。なかなかの色黒だった…気がする。
灰原は…聞いたことがない。詳しいことが言えないってことは、工藤くんみたいに込み入った事情があるってことだろうか。深くは突っ込んではいけない。

「…あ、そうだ。すっかり忘れてた」

「…?」

ふと思い出した、カードの存在。話が一区切りついたところで見せようと思っていたけど、丁度良かった。
キッドから渡されたカード。工藤くんに差し出せば、不思議そうな顔をされた。

「…カード?」

「昨日屋上でキッドが私に放ったカード。英文みたいだから読んで貰おうと思って」

「…ああ、そっか。オメー英語読めねーんだっけ」

受け取ってから紙面を見て数秒、おもいっきりしかめっ面になった。

「……なんて、書いてあるの?」

「…聞かねーほうがいいと思うぜ」

本気で嫌そうな顔をしてるから、何か気障なことでも書いてあるのだろうか。抵抗よりも好奇心が勝り、恐る恐る訊いてみれば、返ってきた答えは。

「…『今宵の貴女は月に照らされた女神のように美しかった。オーシャンズティアは貴女が持ってこそ意味を為すもの。これはお返し致します。それではまた、お会いしましょう…怪盗キッド』」

「うわー気障ー…」

聞いて後悔した。工藤くんが顔を顰めたのも頷ける。
最初の一文いらないでしょ!鳥肌立ったよ鳥肌!

「あいつ、最初から盗る気なんてなかったじゃねーか。ま、今に始まったことでも……ん?」

「?…どした?」

冷めた目でカードを見ていた工藤くんは、何かに気付いたように眉を寄せ、急にカードの匂いを嗅ぎ始めた。唖然としたままそれを見ていると、カードを渡された。

「オレンジの匂いがする」

「は?」

不思議に思って嗅いでみれば、確かにオレンジの香りがした。
でも何で?

「オレンジ…まさか」

ハッとした表情で立ち上がると、部屋を出ていってしまった。どうすることも出来ずに待っていると、ライターを手に工藤くんが戻って来た。
オレンジの香りに、ライター。ここまで来れば、流石の私でも意味が分かった。

「もしかして、炙り出し?」

「かもしれねーな」

蜜柑の汁で文字を書けば、やがてそれは消える。でも紙の裏を火で炙れば、それは浮かび上がる。誰にも知られたくないこととかを書く時に使う手法だ。実際に私も小さい頃にやったことがある。
工藤くんは私からカードを受け取ると、紙の裏に火を点けたライターを当てた。段々と浮かび上がってくる文字に、比例して工藤くんの顔が険しくなっていく。

「…なんて書いてあるの?」

恐る恐る尋ねる。険しい表情のまま、ゆっくり口を開いた。

「『次の満月の夜、貴女の元へ伺います。小さな名探偵もお招き頂くようお願い致します』…何で俺まで呼び出されてんだ?つか、小さいは余計だ」

当然の疑問に首を傾げる。
傍迷惑な内容だが、私のところへ来るのはいいとしよう。でも、なぜ工藤くんを?

「工藤くんとキッドって仲良いの?」

「バーロー、んなわけねーだろ。俺は探偵で、あいつはただのこそ泥だ。強いて言うならライバルだな」

「ふーん…」

仲が良いという訳でもないようだ。当然といえば当然だけど。
ライバルと称するあたり、お互いの力は認めているらしい。ライバルと言った時の工藤くんの表情が、友を語る時のように楽しげだったから、思わず私も笑みが浮かぶ。
私も別にキッドが嫌いな訳ではない。あの警察の包囲網を掻い潜って華麗に盗みだす様は、素直に格好良いと思う。盗んだ宝石はちゃんと持ち主に返してるから、悪い奴ではないとも思う。ただ、演技だと分かってても、あの気障なところがどうしても嫌なのだ。

「ま、とりあえず…次の満月の夜ってのが一ヵ月後だから、そん時までは大丈夫だろ」

「そうだね」

前回の満月が数日前だから、約一ヵ月後。なぜ、わざわざこんな手法を使って私に伝えたのだろうか。ていうか、もし私が気付かなかったらどうするつもりだったんだ?
考えてもさっぱり分からないから、今日はこの辺でお開きになった。窓を見れば、外はもう暗くなって、少し欠けた月が見える。明かりも点けないまま、随分と長い間話し込んでいたようだ。

「わりぃな、こんな時間まで引き止めちまって」

「私なら大丈夫。それより工藤くんはいいの?蘭のとこに居候してるんでしょ?心配してんじゃないの?」

申し訳なさそうに言う工藤くんに、先程の話の内容を思い出して問い掛けた。中身は高校生と言っても見た目は小学生。蘭じゃなくても、こんな真っ暗なのに帰ってこないのは心配する。

「ああ、それなら大丈夫だ。博士の家に泊まるって言ってあるからな」

実際泊まるつもりだし、と言ってリビングを出る。私もそれに続いて廊下に出る。傍にあったスイッチを押せば、廊下の明かりが点いた。暗闇に慣れた目に光は強過ぎて、一瞬目を瞑る。再び開けた時には、光に慣れ、周りが鮮明に見えた。

「そういえば博士、元気にしてる?久々に遊びに行こうかな」

「ああ、元気にしてる。博士もきっと喜ぶぜ」

漸く着いた玄関で靴を履き、ドアを開ける。廊下の明かりを消して、外へ出た。
鍵をかけたところで、一枚の紙を差し出された。鍵を返して、それを受け取る。

「コナンの方の携帯のアドレスだ。ちゃんと使い分けてるから間違えんなよ」

「携帯二つも持ってんの…?了解。じゃ、またね」

呆れながらも、仕方ないかと思って頷いた。もし同じ携帯を使ってたら、なぜ同じ携帯なのかと怪しまれる。
受け取った紙を一瞥して適当にポケットに入れてから、門を閉める。
お互いに背を向け、暗い中、帰路へと着いた。


2011.06.10

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