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雀の鳴き声と共に目が覚める。なんて清々しい朝。
既に仕事に出ている両親は、いつも私の分の朝食を作って行く。ものぐさな私は食べずに行くことが多いから、心配した母が作るようになった。
テーブルに着いたところで、テレビを点けて朝のニュースを見る。皿に掛けられたラップを外して、シンプルな朝食をゆっくりと食べ進める。昨日起きた出来事とか番組の特集が放送される中、ぼーっとしていた私は見出しのキッドという言葉に反応した。

『昨日、キッドからの犯行予告状が美術館で発見されました』

アナウンサーは原稿を淡々と読み進めながら、予告状の内容を伝えていった。
犯行時刻は今夜8時。盗む宝石の名は『オーシャンズティア』。直訳で海の涙。
ふと、私はその名前に動きを止めた。どっかで聞いたような…。
テレビ画面に、キッドの予告状と共に宝石の画像が映し出される。それを見た瞬間、思わず勢い良く立ち上がってテレビを食い入るように見つめていた。正確には、映し出された宝石、『オーシャンズティア』を。

「うそ…あれって…!」

漸く思い出した私は、目を大きく見開いた。
テレビに映し出された『オーシャンズティア』、あれは今、私が持っているからだ。

「うわー…どうしよ…」

『オーシャンズティア』は、深い紺碧色で、雫の形にカットされた宝石だ。周りは細工が施された銀の金具で留められ、ネックレスという形で使用できるようになっている。色の鮮やかさは無いものの、希少価値が高く、かなりの値がするらしい。
何故そんな高価な物を私が持っているかというと、簡単に言えば小さい頃の悪戯だ。
元々これは鈴木家にあった物。小さい頃、鈴木家に遊びに行った私は、広い屋敷で迷子になった。物音一つしない廊下で、ただ一人歩いていると、少しだけ開いたドアを見つけた。中は真っ暗のようで、幼かった私は恐怖に震えた。しかしそこは子ども。恐怖よりも好奇心が勝り、そっと震える手でドアを開けて中を覗いた。廊下から差し込む光で見えたのは、幾つかのガラスケース。部屋の明かりを点けて、ガラスケースを覗いていった。
その中の一つが、『オーシャンズティア』だった。
幼心に惹かれていった私は、ガラスケースから宝石を取り出し、手にとってそれを見つめた。暫くしてから私を呼ぶ母の声が聞こえ、慌ててポケットから取り出したレプリカの『オーシャンズティア』をガラスケースの中に置いた。偶然持っていたそれは、誕生日に両親から貰った本物そっくりの良く出来たレプリカだった。
そのまま私は持ち帰ってしまい、今も私の手元にある。
この事は、誰も知らない。

「…!やっば…!」

暫く思考に耽っていると、いつの間にか時間が大分過ぎていた。無理矢理ご飯を口の中に押し込めると、慌てて学校へ行く準備をする。
家を出る頃には遅刻ギリギリの時間。全速力で学校へ向かった。






「はぁー…」

駄目だ、全然授業に集中出来ない。
現在昼休み。朝見たニュースが頭から離れず、ずっと思考の中に入ったまま。『オーシャンズティア』…もしキッドが偽物だと気付いたらどうしよう。本物の場所は私しか知らない。
それはそれで面白いかもしれない。警部に問い質そうが、警部だって本物だと思っているのだ。場所など分かる筈がない。
帰ったら久しぶりに見てみよう。ずっと箱にしまいっぱなしだから、凄く懐かしいな。

「…、…結希!」

「…へ?何?」

ずっと思考に耽っていた私は、漸く呼ばれていることに気付き、思わず間抜けな声が出てしまった。
目の前には園子の顔。

「…近いよ」

「どーしたの、ぼーっとしちゃって。珍しい」

半眼になって不機嫌さを出したら、すっと離れて本当に珍しいものでも見るような目で見られた。
…そんなに珍しいか?

「で、何だった?」

「あーそうそう、朝のニュース見た?」

「うん、キッドのこと?」

「そう!ああー今夜が待ち遠しいわ!」

手を重ねて一人の世界に入ってる園子は、周りからの冷たい視線に気付かない。私はそんなことは無いが、たまに、いや、いつも着いていけない。
ミーハーの相手は大変だ。

「というわけで結希!」

「っ!?」

「もしキッド様に会ったら連絡よろしく」

バンッと机を叩かれ、物凄い形相で頼まれた。というより、有無を言わせない迫力があった。
これは、命令だ。

「…それ、前にも聞いたけど…会うか分かんないよ?」

「少しでも可能性があるのなら!それに懸けるしかないわ」

…微妙に食い違いがあるような…。
これは頷くまで離れないなと思って、私は適当に頷いておいた。どうせ会わないだろうし。
予鈴が鳴ったことで園子は自分の席に戻ったけど、興奮冷めやらぬといった感じだ。
私は授業に身が入らないまま、放課後を迎えた。






「…やば」

静かな部屋に小さな呟きが響く。
手にはシャーペン。中身は…無い。

「まさかシャー芯が無くなるとは…」

いざ課題を始めようと思ったら、丁度シャー芯が無くなった。しかも、それが最後の一本だったらしい。どこを探しても、替えが見つからない。
シャー芯が無くては課題が出来ない。今は7時45分。もう辺りは真っ暗だけど、仕方ない。財布を持って、近くのコンビニへ買いに行くことにした。






ありがとうございましたーという店員の声を聞きながらコンビニを出る。手に持つビニール袋には、当初の目的のシャー芯以外にも、お菓子が幾つか入っている。やっぱり小腹が空くと食べたくなるものだ。…新発売という言葉に釣られたというのが本当のところだけど。
そういえば、もう予告時間を過ぎている。本物が私の手元にある今、キッドはどうしてるだろうか。
そんな思考に耽っていると、目の前を小さい何かが通り過ぎて行った。

「コナンくん…?」

振り返って後ろ姿を見れば、それは鈴木家に行った時に見た、まだ小さい男の子だった。こんな時間に何でこんなところを走っているのか、と疑問に思ったが、それは走って行った先に見えたキッドが関係していると、なんとなく思った。
ハンググライダーで、とあるビルの屋上に着地すると、コナンくんはそのビルに入って行った。
どうやらコナンくんはキッドを追っていたらしい。結局キッドがどうしたのか気になって、私もそのビルへと入って行った。


2011.05.22

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