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怪盗キッド。
その名を知らない者はいないだろう。
今巷を騒がせている、有名過ぎるくらい有名な天才奇術師さん。
そんな有名な彼が何故、
「少し羽根を休めさせて頂けませんか?」
私の目の前にいるんだ?
現在米花町に住んでる私は帝丹高校二年生のごく普通の一般人だ。
普通の高校に通い、普通の家庭を持ち、普通のマンションに住んでる、本当にごく普通の一般人なのだ。まあ、普通と言っても世界的に有名な鈴木財閥の親戚でそれなりに金はあるから、普通と言われても何か違う気がするけれど。
それなのに、何故。何故こいつは私の部屋にいる!?
「これは夢…?そうだ夢だ…」
「そこまで現実逃避しなくてもいいじゃないですか。流石に凹みます」
終には現実逃避までし出した私を、若干困ったような笑みで見ているこいつは、本当にあの怪盗キッドなのかと疑いたくなる。
事の始まりは10分前。後少しで日付が変わるだろうという時間帯。学校から出された課題を漸く終わらせ、最近夜更かしばかりで寝不足気味な私は、すぐさま布団へ直行しようとした。そしたらベランダで微かな音がした。今、ベランダには何も置いてない。不思議に思ってカーテンを開けたその先には、丁度ハンググライダーを締まったキッドの姿が。
「……………え?」
さして広くないベランダにいる存在に思わず惚けた表情をする。満月を背に佇む姿は一瞬幻想的だと思ってしまった。カーテンを開けたことによりこちらに気付いたキッドが窓を開けるように言ったのが聞こえ、鍵を開けてゆっくりと窓を開けた。瞬間、外の強い風が部屋へ入り込んで来て、私は一瞬目を瞑った。
「少し羽根を休めさせて頂けませんか?」
綺麗な動作で部屋の中を指し示すキッドに、流されるままに道を開けると、失礼しますと言って中へ入って行った。
そして冒頭に至る。
「…で、なんで天下の怪盗キッド様が私の所へ?」
ああそういえば今日はキッドの予告日だったなと思い出し、勝手にソファーに座って寛ぎだした怪盗に、せっかくの睡眠時間を削られた苛立ちも込めて腕組みして尋ねれば、ポーカーフェイスを崩さず、笑みを浮かべて相変わらずの寒気のする気障ったらしい台詞が返ってきた。
「今宵は綺麗な満月。あなたと会うにはピッタリの夜だと思いましてね」
あ、今鳥肌立った。
はっきり言って、私はこういう気障な奴が苦手だ。よくそんな恥ずかしい台詞を平気で言えるものだと思ってしまう。正直、神経を疑う。
「そんな嫌そうな顔しないでください。実を言うと、今日は何故か思ってた以上にしつこくてね。簡単に言えば、避難してきたんです」
「だからって、なんで私んとこ…?」
…?ああ、警察のことか。
…もしこれが警察にばれたら、キッドを匿ったって疑いが…!
共犯者にはなりたくない!
すると、まるで心を読まれたようにキッドが私の方を向いた。
「安心してください。君が捕まるようなことはしませんから」
「既にしてるから」
半眼で睨み付けてやれば、不敵な笑みを返された。
畜生、何なんだこいつ。
暫く無言の時間が過ぎると、さっきまで小さく聞こえていたパトカーのサイレンの音が完全に聞こえなくなった。それと同時に、勝手に部屋の中を見回して寛いでいたキッドが立ち上がり、窓へと手を掛けた。
「では、私はこれで失礼します」
やっと行ってくれるかとため息をついた時、何を思ったのか私のところまで歩いてきた。
今度はなんだ。
「失礼ですが、お名前を教えて頂いても?」
別に名前を知られたくらいで何かある訳でもないと判断した私は、素直に答えた。へたに居座られるよりはマシだ。
「…倉科結希」
「いい名前だ。ではまたお会いしましょう」
なんて定番な台詞、と思いながらベランダへ出たキッドを見ていると、そういえば、と声が聞こえてきた。
「そのビッグジュエルは鈴木財閥の方に返しておいてください」
は?と疑問符を浮かべて指し示された方を見れば、机の上にテレビで放送されていた今夜のキッドの獲物、鈴木財閥所有のビッグジュエルが。いつの間に…。
「…はぁ!?」
「ではまた」
そう言うなりさっさと飛び立ってしまったキッドを、本気で殴りたいと思ってしまった私は悪くない筈だ。
奴を掴み損ね、伸ばした手が宙に浮いたまま行き場をなくし、暫くしてからゆっくりと下ろした。姿は、もう見えない。
これが、私と彼の出会い。
――この日を境に、私の日常は変わっていった。
2011.05.05
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