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「たっだいまー!」

「ただいま、結希」

「お帰り。早かったね」

イタリアへ行っていた両親が、前もって連絡してきた時間より早く帰って来た。
たくさんの荷物を引き連れた母は凄くテンションが高くて、上げた声がマンション中に響いてるんじゃないかってくらい大きかった。はっきり言って近所迷惑だ。父も母とまではいかないものの、幾分明るい声で挨拶をした。こちらもまた、凄い荷物だった。何をそんなに買って来たんだ…。

「はい結希、お土産。こっちのお菓子は友達と分けて食べてね」

「ありがとう」

渡された紙袋は掌サイズで、そんなに重くない。開けて見ると、中には手作り細工と思われる可愛らしいキーホルダーと、独特の形をしたペンが入っていた。
色も大きさも違うもう一つの紙袋には、小包みされたアーモンドキャラメルが大量に入ったお菓子袋が入っていた。当然といえば当然だが、表示されてる言葉は全てイタリア語。英語すら読めない私に商品名を読むことは不可能だった。

「今度会った時に渡すよ」

「そうして頂戴。喜んでくれるといいわ。でねでね、結希。イタリアって…」

それから私達はイタリアでの土産話に花を咲かせ、久しぶりの家族団欒を楽しんだ。本当に楽しそうに話すから、私まで楽しくなって思わず聞き入ってしまった。
実を言えば、私は一度も海外に行ったことがない。両親は既に七ヶ国は回っているというのに、娘である私は一度も連れてってくれないのだ。行きたいとは思わないけど、娘置いて海外遊びに行くとはどういう親だよ、と突っ込みたい。新婚夫婦のように仲の良い両親を見てると、そんな気も失せてしまうのだけど。

「あ、そうだ結希。次郎吉さんから飛行船の招待を受けたのだけど、行く?」

「飛行船?」

「聞いてない?次郎吉さん、またキッドに挑戦状突き付けたらしいじゃない。その飛行船への招待よ」

「…ああ、うん。知ってる。懲りないよね、おじさんも」

母から振られたのは、おじさんからの飛行船への招待について。ことあるごとにキッドに挑戦状を突き付けては負けているおじさんは、諦めが悪いというか、粘り強いというか…ある意味、しつこい。諦めない心は大事だから、そこは見習うけど…。

「お母さん達は用事があって行けないから、一人で行ってくれる?次郎吉さんには話してあるから」

「分かった」

正直行きたくない。ただでさえキッドの正体が黒羽くんだと分かったばかりなのに、なんとなく気まずいじゃないか。そう思ってるのは私だけかもしれないけど。
次郎吉さんからの招待ってことは、園子経由で蘭や工藤くんも来るってことか。知り合いが一人もいないということほどつまらないものはないので、そこは助かる。

「じゃあ荷物片付けるから、手伝ってくれる?」

「はーい」

話は終わりとばかりに手を二回叩くと、大量の荷物を一瞥してから私を見て、手伝えという圧力をかけてくる。言われなくてもやるつもりだったのに…余程嫌なんだな、この荷物を片付けるのが。気持ちは分からなくもないから何とも言えないけど。
それから私達は、日付が変わる直前まで片付け続けた。






翌日、私は突然鳴り響いた携帯電話の着信音で目が覚めた。誰だ、とせっかくの安眠を邪魔されたことと寝起きで不機嫌な私は掛けてきた相手を恨んだ。画面を見れば、工藤くんからだった。

「…はい」

『…声低いな。寝起きか?』

「だと思うなら掛けてくんな」

『こんな時間まで寝てる方が悪ィんだろ…』

ため息混じりの声にムッとしながら、寝返りを打って仰向けになる。カーテンの隙間から、日の光が差し込んでいるのが見えた。時計を見れば、時刻は午前11時。確かに、起きるには遅い時間だ。
昨日、荷物の片付けを終えてから、色々バタバタしていたら午前3時を過ぎていた。たくさん動いたことも相まって、凄い睡魔が襲ってきたのだが…結構寝てしまったようだ。

「…で、何なの?」

『寝起きってことは、新聞もニュースも見てねぇってことだよな』

「何、なんか重大なニュースでも?」

『赤いシャム猫と名乗るテロ集団が殺人バクテリアを盗んだんだ。七日以内に次の行動を起こすという声明があってから、ニュース番組はその話で持ちきりだぜ』

「そうなの?世の中物騒だねぇ」

『何呑気にしてんだよ。いつどこで何するか分かんねぇんだぞ?だいたいオメーはいつも…』

その後続いた説教を軽く聞き流しながら、ベッドから降りてリビングへ向かう。いやに静まり返って、外からの騒音しか聞こえてこない。親は仕事に向かったらしい。人の気配がしない。
机の上に置いてある新聞を片手で開くと、工藤くんの言った通り、話題は赤いシャム猫のことで持ちきりだ。ざっと目を通して分かったことは、盗まれた細菌は飛沫感染であること、子どもが特にかかりやすいことだ。
私って子どもの部類に入るのかな?不安になってきた。

『…おい!聞いてんのか?』

「聞いてる聞いてる。で、何?」

『ぜってー聞いてねーだろ…。ま、取り敢えずオメーも気をつけろよ』

「了解。でも私より工藤くんの方が気をつけた方がいいんじゃない?工藤くん今子どもだからかかりやすいでしょ?」

『服部と似たようなことを…。一応気をつける』

どうやら私は例の色黒くんと似たようなことを言ったらしい。それでからかわれたのか、工藤くんの声が若干不機嫌になっていた。

「あ、工藤くんっておじさん…次郎吉さんの飛行船の話知ってる?」

『…ああ、新聞に載ってたな。また懲りもなく挑戦状送り付けて』

おお、私と同じ意見だ。やっぱ呆れてるだろうな。声色からも呆れが窺えた。

「私、その飛行船に乗るんだけど…工藤くんは?」

『蘭が園子に誘われたって言ってたから、多分俺も灰原達も行くことになるだろうぜ』

「あの子達も来るのか…賑やかで楽しくなりそうだね」

『だな』

それから暫く話して通話を切った時には、既に12時を過ぎていた。朝ご飯を食べてないお腹は空腹を訴え、特有の気持ち悪さを感じる。キッチンに向かいながら、私は妙な胸騒ぎを感じていた。


2011.08.03

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