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キッドが懐から取り出した物。見覚えはない筈なのに、妙に懐かしく感じられた。

「…あれ?」

「おい、結希…?」

工藤くんの戸惑った声が聞こえる。
気付けば、涙を流していた。私でも何で涙が出ているのか分からず、頭が混乱した。

「キッド、それは何だ?」

それ――細かい銀の鎖が二重に連なった、シンプルなデザインのネックレス。
キッドはそれを懐に戻すと、私を見つめてきた。

「記憶がないという情報を手に入れて、黒羽快斗の周辺を探ってみた。そしたら、これが出てきたんだ。…覚えて、ないんだな?」

「覚えてない…けど、懐かしい感じはする」

なぜこんなにも懐かしく感じられるのか。自分で自分が分からない。あれはただのネックレスなのに。
キッドは複雑な表情を浮かべると、視線を逸らして俯いた。
一気に重苦しくなった空気にどうすることも出来ずに黙っていると、不意に工藤くんが口を開いた。

「…オメー、何でそんなことを?」

「俺の単なる興味だ。深い意味はねーよ」

「…ちょっと待って」

私は、ある矛盾点に気が付いて声を上げた。
キッドからカードで今日の予定を取り付けられたのは、黒羽くんに会う前――私が記憶喪失だと気付く前だ。自分でも気付いてなかったことが、普段接することのない他人のキッドに分かる筈がない。
…どういうことだ?
そのことを工藤くんに話せば、顎に手を当て考えだした。当のキッドは僅かに表情が強張っていた。

「…まさか」

何かに気付いたらしい工藤くんが、顔を上げてキッドを見た。

「オメー、黒羽快斗だな?」

「…え?」

確信を持った強い口調に驚いて目を見開くと、勢いよくキッドを振り返った。キッドは無表情で、工藤くんを見た。

「どういうこと?工藤くん」

「こないだ会わなけりゃ気付かれずにすんだのにな。キッドと黒羽快斗の共通点…マジックを得意とすることと、顔立ちが俺にそっくりだってことだ。極めつけは、結希の言った矛盾だ。ここまで条件が揃えば、想像がつくさ。顔も声もそっくり、得意な物まで一緒なんてそうそうないからな。どうなんだ?キッド…いや、黒羽快斗」

「…ご名答。流石名探偵。やっぱあん時マジックやらなけりゃ良かったか」

降参、とでも言うように諸手を挙げて苦笑いするキッド――黒羽くんに、私は驚きを隠せない。
あっさりと認めた黒羽くんにも、それを見抜いた工藤くんにも驚いたが、それ以上にキッドと黒羽くんが同一人物だということに愕然とした。キッドと黒羽くんじゃ印象が全然違う。言われてみれば、確かに演技を止めたキッドと黒羽くんは似てる…かもしれない。黒羽くんとは、まだ二回しか会ってないけど、それでも人柄の良さは感じられた…のに…。
混乱する頭で色々考え込んでた私は、工藤くんの呼び掛けにも気付かないまま呆然としていた。

「…、…結希!」

「…え?あ、ごめん…何?」

漸く我に返った時には、二人に心配そうな表情で顔を覗かれてた。
…近いんだけど、二人とも。
意識が二人に向かったのを確認すると、工藤くんは黒羽くんに向き直った。どうやら話を続けたかったらしい。

「…で?キッドの正体を掴んだ名探偵くんは、俺を警察に突き出すのかな?」

「バーロー、んなことしたって今のオメーがキッドだって信じる奴なんかいねーよ。現行犯以外では捕まえねーから安心しろ」

「そりゃありがたいことで」

半眼で半ば睨み付けるように黒羽くんを見ていた工藤くんは、いつものように態度の軽い姿に更に目が据わった。殺気が出そうな勢いだ。
…そういえば私、キッドの素顔が工藤くんそっくりなんて知らなかったんだけど。見たことあるのかな?それとも何かのきっかけで気付いた、とか。おそらく後者だろう。キッドが簡単に素顔曝す筈ないし。仮にも国際指名手配犯なんだから。

「結希に近づいた目的は?」

いつの間にか話は進んでいたらしく、内容は私と黒羽くんのことについてになっていた。
真剣な表情の工藤くんに対して、相変わらず薄い作ったような笑みを浮かべる黒羽くん。正直、居心地悪い。

「結希には言ったけど、ガキの頃、俺たちはよく遊んだ仲だった。家族ぐるみの仲だったんだ。いうなれば幼馴染みだ。…でも、結希はそのことを覚えてない。当然といえば当然だと思った…でも諦めきれなかった。だから、近づいた」

沈鬱な表情を浮かべ、それでも無理矢理笑おうとする黒羽くんに、胸が痛んだ。
自分に記憶がないことで、苦しんでる人がいる。その事実が私に罪悪感をもたらす。
申し訳ない、それで済むような程、軽いものではないことくらい分かっているつもりだった…のに。
気付けば、私は黒羽くんに抱き付いていた。二人の息を呑む声が聞こえる。頭を抱えるように後頭部に手を回し、私は俯いた。

「…結希…?」

何も喋らない私に困惑の色を浮かべた黒羽くんは、恐る恐るといった感じで私の背に腕を回した。優しく撫でてくれるその手に、ひどく安心感を覚える。やっぱり、私はこの手を知ってるんだ。

「…私ね、記憶が無いっていうのが、こんなに怖いものだと思わなかった」

「…」

「でも、少しずつ…本当に少しずつだけど、段々思い出してきた。もうちょっとかかるかもしれないけど、頑張って思い出すから…」

「…言ったろ?ゆっくりでいいって。無茶だけはするんじゃねーぞ」

「…うん」

私の小さな弱々しい声が静かな部屋に吸収されて消えていく。暫くして、小さな咳払いが部屋に響く。音源は、工藤くん。振り返って見れば、居心地悪そうに眉を寄せ、何とも言えない複雑な表情で私たちを見ていた。私は工藤くんが蚊帳の外状態だったことに気付き、申し訳なさと恥ずかしさを感じた。
工藤くんの前で何やってんだ、自分…!

「あー、えっと…黒羽くんが言ったことは本当だから、信じてあげて?」

「…オメーが言うなら、信じてやるけど…」

黒羽くんが腕を離したので、私も黒羽くんから離れ、元の位置に座りなおして工藤くんを見る。
まだ納得いかないといった感じだったけど、とりあえず頷いたのでこの話は終わり。用件は済んだとばかりに立ち上がった黒羽くんに続いて私も立ち上がり、玄関まで見送る。工藤くんは見送るつもりはないようで、難しい顔をしていまだに座り込んでいる。まあ、一応敵だから見送りなんてしたくないんだろう。

「これは結希に渡しとくよ」

玄関で靴を履いた黒羽くんは、玄関のドアを開けた後振り向いて私に懐から出したネックレスを渡した。先程私達に見せたネックレスだ。

「…いいの?」

「もともと渡すつもりだったから気にすんな。名探偵に正体ばれたのは計算外だったけどな」

言うやいなや、指をパチンと鳴らしたかと思うと、どこからともなく大量の白い鳩が現れ、あっという間に黒羽くんを包み込んだ。思わず目を瞑り、再び開けた先には開いたドアと白い羽根しかなかった。
呆然としていた私は、いつの間にかやって来ていた工藤くんの一言で我に返った。

「…羽根の片付け、誰がすると思ってんだ?アイツ」


2011.07.24

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