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小さな子どもが二人、笑ってる。
明るい空の下、無邪気に笑うその二人は、本当に仲が良さそうに楽しげで、私には眩しかった。
顔は見えない。でも、懐かしい感じがした。
…誰?
そう呟けば、二人揃って振り向いた。それでも、顔は見えない。光が強過ぎる。
声が、聞こえた気がした。

…――。






気付けば、私は目を覚ましていた。視界に広がるのは、見慣れた天井。窓を見れば、日の光が差し込んで、既に朝を迎えていることを告げられた。
久しぶりに夢を見た。見たことのない、知らない光景だったのに凄く懐かしい感じがした。
…もしかして、私の失った記憶と関係しているのだろうか。だとしたら、記憶が戻りつつあるってこと?

「…んー…分かんない」

考えても分かることじゃない。自然に分かることだろうと納得させ、布団から起き上がる。
顔を洗おうと向かった洗面所で、私は泣いていたことに気付いた。鏡に映った自分の頬は、涙の跡で筋を描いていた。目も腫れてはいないが、若干赤い。
今日の夜は満月。キッドの指定した日だから、キッドにも呼ばれた工藤くんにも会わなければならない。それまでには赤みが引いてるといいけど。
蛇口を捻って、重力に従い落ちてくる水に手を付ける。冷たい感じが心地よい。そのまま水を両手で掬って顔へ思い切り当てる。刺激されるこの瞬間が、私は好きだ。

「…よし」

タオルで顔を拭き終わると、着替える為に洗面所を後にして自室へ戻った。






「…何してんだ?」

工藤くんの声が静かな私の家に響いた。
時刻は午後7時。何故かキッドに呼ばれた工藤くんが私の家に来るのは必然…というのは分かってたけど、何時に来るかまでは分からなかった。だから、キッドが来るまでの暇潰しということでやっていたバランスボールを、工藤くんに見られてしまった。別に見られたことは問題ないけど…工藤くんからの視線が痛い。確かに玄関の鍵は開けてあると言ったけど、チャイムくらい鳴らしてほしいな。

「見て分かんない?バランスボール」

「それは見りゃ分かる」

「暇潰しだよ。これ、結構面白いんだ」

楽しそうに言えば、ふーんと興味なさげに返された。自分から訊いといてその反応はなんだ。
バランスボールから立ち上がり部屋の隅に置くと、台所へ行って二人分のコップを取り出す。冷蔵庫からお茶を出してそれに注ぐと、机の前に座った工藤くんの前に置いた。

「サンキュ」

礼を言ってコップを持ち上げると、何口か飲んでまた置いた。
再び沈黙が訪れると、時計の秒針が動く音だけが部屋に響く。何時に来るかぐらいは伝えてほしい、とこの場にいないキッドに延々と愚痴っていると、来客を知らせるチャイムの音が大きく響いた。…こんな時間に誰だ?

「ちょっと出てくるね」

「おう」

玄関へ向かい、相手も確認せずに開けたドアの先には、ここにはいない筈の彼がいた。

「よっ」

「工藤くん…じゃないね」

私服姿の工藤くん…もとい、工藤くんの変装をしたキッドがドアの前に立っていた。しかし、なぜ工藤くん?さすがと言うべきか、どこをどう見ても工藤くんだ。見間違いかと思ったよ。

「てっきりベランダから来るんだとばかり思ってたけど」

「予告日でもないのにキッドが現れたらビックリするだろ?だからわざわざ変装してきたんだ。結希にはすぐに気付くように、工藤新一の姿でな」

まあ、確かにすぐに気付いたけど。だって本物の工藤くんは現在小学生の姿で、私の部屋にいるのだから。

「じゃ、上がらせてもらうぜ」

「…どうぞ」

言いながら入ってきたキッドに、もう上がってるじゃんと心の中で突っ込みながらドアを閉める。部屋の奥から驚きと呆れの混じった工藤くんの声が聞こえてきたから、工藤くんも気付いたんだろう。ていうか、自分のことだから気付かない方がおかしいか。

「工藤くん、お隣さんに迷惑だからあんまり大きな声出さないでね」

「わ、わりー…」

部屋に戻った私は、何故かイタズラっぽい笑みを浮かべている工藤くん(キッド)に抱えあげられている嫌そうな顔のコナンくん(工藤くん)を見て、思わず笑ってしまった。妙に騒がしいとは思っていたが、あれは抵抗していたってことか。
しっかし、面白い図だな。同一人物なのに、別々で存在してるみたいに見えるのは不思議な感じがする。ていうかキッド、あんた何してんだ。

「で、何の用なの?わざわざあんな方法で工藤くんまで呼び出して」

あんな方法というのは、蜜柑の汁による炙り出しだ。普通に呼び出した方が簡単で早いのに。それなりの理由があるってことだろうか。

「名探偵呼び出したのは単なる気まぐれ。特に意味はねーよ」

「はぁ?」

「いい加減降ろせっ!」

「おっと」

何でもありません、というようにあっさり言ったキッドに、呆れの声しか出てこない。気まぐれって…二人が単なる顔見知りじゃないってのは知ってるけど…。
工藤くんは我慢の限界だったらしく、腕を振り上げて肘鉄を食らわせようとしたけど、寸でのところでキッドは工藤くんを落とした。降ろした、ではなく落とした。案の定、急なことに対応出来なかった工藤くんは着地に失敗し、尻餅をついてしまった。それを見たキッドはゲラゲラと腹を抱えて大笑いし、工藤くんは不満たらたらといった感じで恨みがましくキッドを睨み付けていた。
キッドは対峙している時の工藤くんをよく知っているから、余計に間抜けに見えたのだろう。無理矢理笑いを抑えようとしても、やっぱり笑ってしまう。当然笑われている工藤くんの機嫌がいい筈もなく、眉間の皺が段々増えてきた。

「…あんた、本当に何しに来たの」

「ひー…わ、わりー。じゃ、今日の本題に入るか」

漸く笑いが収まったのか、私の方を向いたキッドはいつも通りの笑みを浮かべていた。
もしこれがキッドの本来の性格なら、世間のキッドファンはビックリするだろうね。気障なところしか見てないのだから、相当な衝撃を受けるのではないだろうか。私はどうでもいいが、こちらの明るい感じの方が私としては好印象だ。
工藤くんは私の隣に移動して来て、キッドを見上げた。今まで浮かべていた笑みを真剣なものに変えると、キッドはじっと私の瞳を見つめてきた。

「結希、これに見覚えは?」

そう言って懐から取り出された物を見て、私は目を見開いた。


2011.07.14

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