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話があるから、皆が帰っても残ってろよ。
歩美ちゃん達と遊んでいる時に工藤くんに言われた言葉。小声で囁かれたから、皆は何を言われたのか教えてと言ってきた。内緒と言って誤魔化したけど、子どもの好奇心って凄い。結構しつこかった。
あれから数十分後、暗くなる前にと皆が帰ると、さっきまでの賑やかさが嘘のような静寂に包まれた。哀ちゃんは帰ろうとせず、博士と一緒に奥の部屋へ行ってしまった。素直に疑問を口にすれば、哀ちゃんはここに住んでいると言う。…なんでだろう。
「どうだった?あいつら」
「元気一杯でいい子達だと思うよ」
「あいつらも楽しそうで良かった。オメーが子ども嫌いだったらどうしようかと思ったんだが…」
「子どもは嫌いじゃないよ。無邪気で可愛いと思う。…で、話って?」
「灰原のことだ」
今までドアに向けていた視線を私に向けると、真剣な表情になって私と向き合った。つられて私も真剣な表情になる。
「まさかベルモットがオメーに関わってくるとは思わなかったが…」
「何ですって!?」
急に響いた驚きの声にビックリして振り返ると、目を見開いて恐怖に染まった表情で哀ちゃんが立っていた。
「どういうこと工藤くん!?まさか彼女…っ」
青ざめた表情で工藤くんに掴み掛かると、鬼気迫る勢いで問い詰めた。
私は突然のことに驚いて動くことが出来ず、ただ呆然と見つめる。なぜ哀ちゃんはこんなにも取り乱しているのか。最初見た時のクールな印象とは掛け離れた姿に、戸惑うことしか出来ない。
「落ち着け、灰原。こいつは組織とは全く関係ねーよ」
「だったらなんでベルモットが…!」
「それを今から話す…結希」
「…何?」
「これから話すことは絶対に誰にも言うな。…分かったか?」
「うん」
哀ちゃんが漸く落ち着いたのを見て、改めて私達は向き合った。
「まず、灰原のことについてだ。組織のことについては前話したよな?灰原は元々組織の人間だ。組織を抜け出す際に俺と同じ薬を飲んで、今の子どもの姿になったんだ。組織に見つかれば必ず殺される。だから偽名の灰原哀を名乗って、拾ってくれた博士の家で暮らしてる。次にベルモットについてだ。前にも言ったように、あいつは組織の幹部で変装の達人だ。シャロン・ヴィンヤードがあいつの変装だということも言ったが、ここで疑問が生まれた。オメーの母さんにはシャロンとして接してるみたいだが、オメーにはシャロンとしてではなく、ベルモットとして接してきた。それは何故か。これは俺の推測だが、ベルモットはオメーを仲間にするつもりなのか、もしくは素のままで接したいと思っているか…」
「…」
哀ちゃんのことについては本当にビックリした。まさか元組織の人だなんて、誰が想像出来ようか。でもこれで一つだけ納得した。子どものくせに妙に大人びていると感じたのは、工藤くんと同じ、本来の姿が大人だから。
ベルモットさんについては…正直複雑だった。確かに母にはシャロンとして接し、私にはベルモットとして接するのは不思議だ。工藤くんの二つの推測は、どちらも可能性はある。が、私は後者の方が可能性が高いのではないかと思った。
私の家にある写真立て。それを見つめていたベルモットさんの表情が凄く優しくて、でも少しの寂しさを滲ませていたから。
「ベルモットは俺達の正体を知ってるが、組織の人間にそのことは伝えてないらしい。もし伝えているなら、とっくに俺達は死んでる筈だから、このことは信じていいと思う」
「…ベルモットさん、組織の人間だけど…もしかして私達の味方?」
「…さあな。あいつの行動は理解不能だ」
まるでお手上げとでも言いたげにため息をついた。
敵である筈なのに、少しとはいえ組織の情報を流してくれたり、時には助けてくれたり。そういった話を聞けば、実は味方なのではないかと勘違いしてしまう。
ベルモットさんは、一体何がしたいんだろう。
「…あなたは、どう思ってるの?」
「…え?」
「ベルモットのことについて」
今まで黙って私達の会話を聞いていた哀ちゃんが、静かに私に問い掛けた。さっきまでの動揺した姿はなりを潜め、落ち着いた澄んだ瞳で私を見つめた。
「私は…」
素直に思ったことを話した。
ベルモットさんの家での様子。工藤くんからのベルモットさんの行動。それらから推測した私の考え。
私の意見を聞いた工藤くんは、顎に手を当てて暫く考え込んだ後、おもむろに口を開いた。
「…ベルモットは、オメーがまだ小さい時に一度会ったことがあるんじゃねーか?」
「え、なんで…私覚えてないよ?」
「オメーの家にある昔の家族写真を見て、懐かしむような表情をしたんだろ?だったらその可能性はあるし、オメーの母さんと友達なら赤ちゃんの頃とかに一度は会っててもおかしくねーな」
言われて納得した。赤ちゃんの頃なら会っていても記憶はない。それが普通だ。
そこで、ふとよぎった一人の少年。
――だったら、なぜ黒羽くんのことを覚えてないの?
「…結希?」
「っ…何でもない」
落ちかけた思考が、工藤くんの声で引き戻される。はっと我に返って工藤くんを見れば、心配そうな表情で見上げられていた。
一度頭を振って笑みを作ると、いまだに心配そうな顔をしている工藤くんを抱え上げた。
「えっ、あ、おい結希!」
驚きで目を見開いた工藤くんは、羞恥のためか顔を真っ赤にして咎めるような視線を向けられる。逃れようと必死に暴れる小さな身体を押さえ込むと、暫くして諦めたように大人しくなった。
「…急にどうした?」
「うん、なんかね、不安になってきた」
組織のこと、黒羽くんのこと――これからのこと。
消え入るような声で言えば、何を思ったのか、手を伸ばして私の頭を撫でてきた。
「…懐かしいなあ、それ。小さい頃、たまにやってきたよね」
「…るせ」
私が不安そうな表情をすると、いつも頭を撫でてくれた。中学に入ってからはされなくなったけど、撫でられるのは結構好きだった。
力なく笑えば、恥ずかしそうにそっぽを向いて撫でるのを止めてしまった。それでも私には十分で、工藤くんを降ろしてあげた。
「…ありがと。私も出来るだけ気をつけるよ」
「何かあったら俺に言え。いいな?」
「うん」
まだ心配そうな表情を浮かべていたけど、私が頷けば、それ以上は何も言わず黙っていてくれた。
気付けば哀ちゃんは自室に戻ったらしく、姿は見えなかった。落ち着いたのなら良かったと安堵し、散らかったままのお菓子の袋やコップなどを、博士も呼び出して片付け始めた。
時計の針は、既に8時を回っていた。
2011.07.04
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