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昨日に引き続き、今日も休日。雨音とともに目覚めた私は、素早く起きて部屋の片付けを始めた。
今日は母の友達が来る日。客人に汚い部屋を見せる訳にはいかない。どんな人かも分からない以上、もし潔癖症だったらどうしようかと思う。はっきり言って、神経質な人は苦手だ。こっちが気を遣わなければならない人なんて、そんなの疲れるから厭だ。
そんなことを着替えて食事して掃除している間に考えていると、時刻は10時を迎えていた。何時に来るか伝えられてない為、掃除が終わってホッとする。これで迎える準備は出来た。あとは待つだけだ。
と思っていたら、インターホンが部屋に鳴り響いた。ナイスタイミング、と思わず笑うと、急いで玄関へ向かう。

「はーい」

ドアノブに手を掛け、躊躇いなくドアを開けた先には、外人がいた。美女という言葉が相応しいと思わせる整った顔立ちに、波打った綺麗な金髪。
微笑を浮かべた金髪美人は、腕を組んでそこに佇んでいた。
…………え?

「あなたが結希ね?」

「…は、はい。そうですが…」

流暢な日本語で問い掛けられ、呆然としたまま半ば上の空で返事をすれば、更に笑みを深められた。
…え?な、何?

「初めまして。私はあなたのお母さんの友人のベルモット。よろしく、結希」

「よ、よろしくお願いします…」

緊張のあまり、段々と尻すぼみになってしまった。
この人が母の友達?こんな美人だなんて聞いてないんだけど!しかも母よりかなり若そうだし…。

「あ、どうぞ、上がってください」

「ありがとう」

ずっと玄関で立ち話というのもあれだし、失礼かと思って家に上げる。ベルモットさんは礼を言って家に上がると、迷うことなく奥へ進んでいく。手慣れた様子から、前に何回か来たことがあるのだと察した。
ドアを閉めて私も上がると、リビングへと向かった。そこには、テレビの横に置かれた写真立てを見つめるベルモットさんの姿があった。ベルモットさんは私に気付くと、微笑を浮かべて私の方へ向かって来た。鞄に手を入れると、一枚のメモリーカードを出して私に差し出した。

「これをあなたのお母さんへ渡してほしいの」

受け取ったそれは、何の変哲もないシンプルなデザインの普通のメモリーカードだった。
分かりました、と言って顔を上げると、そこにベルモットさんの姿はなかった。ビックリして慌てて周囲を見回すと、既に玄関に立っている後ろ姿が見えた。

「私はこれで失礼するわ。…ああ、そうだ」

いつの間に、と呆気に取られている私を振り返ると、同性の私でも見惚れそうな妖艶な笑みを浮かべて不思議なことを言ってきた。

「お母さんに私のことを話す時は、ベルモットじゃなくてシャロンと言ってちょうだい」

「…なんでですか?」

「彼女にはシャロンと名乗ってるからよ」

シャロンで思い出すものといえば、アメリカの女優シャロン・ヴィンヤードだ。同じ名前の人なんていくらでもいるし、第一見た目が違う。単なる偶然だと思ったが、なぜ母にはシャロンと名乗って私にはベルモットと名乗ったのか。
思ってたことが顔に出てたのか、ベルモットさんは笑みを深めると意味深なことを言った。

「A secret makes a woman woman」

「…?」

「good-bye、シルバーブレッドによろしく伝えておいて」

シルバーブレッド――銀の弾丸?
誰のことだと問い掛けようとするも、既に去って行った後だった。
嵐のような人だなーと呆然としながら考えていると、突然携帯電話が鳴り響いた。電話の着信音。発信者は…工藤くん?

「もしもし」

『結希!無事か!?』

「…は?」

焦燥に駆られた声に目が点になる。
…いきなり何?

「どうしたの、工藤くん?」

雨音がはっきり聞こえるから、外にいるんだろう。そう判断した私は至極当然の疑問をぶつける。

『…なんともないんだな?良かった…』

「自己完結しないでよ。いきなり何なの?」

『オメーのマンションにベル…金髪の女が入ってくのを偶然見かけたから、気になってな』

「金髪?ベルモットさんのこと?」

『!?やっぱり…何もされてねーよな?』

「されてないけど…ベルモットさんがどうかしたの?」

『…ベルモットは、俺の体を小さくした黒ずくめの奴らの仲間だ』

「え!?」

工藤くんが焦ってた理由を知り、更にそんな人が母の友達だと思い至って愕然とした。とてもそんな悪いことをする人の仲間には見えなかった…けど。
自然と携帯を持つ手が震え、声も小さくなった。

「…ベルモットさん、母の友達なの」

『何!?それってまさか、オメーの母さんも…』

「でも、母にはシャロンって名乗ってるらしいの。それって関係ある…?」

『シャロン?…なるほどな。オメーの母さんは奴らの仲間じゃねーぜ』

「なんで?」

『女優のシャロン・ヴィンヤード、知ってるだろ?あいつがベルモットだ』

「え、でも見た目が…」

『ベルモットは変装のプロ。シャロンの姿は変装だからな。取り敢えず、シャロンと名乗ってるってことは、あくまでシャロンとしての友達ってことだから、組織とは関係ねー筈だ』

「良かった…」

『それで…――あっ!』

母が組織の仲間ではないと知って安堵の息を吐くと、何か言い掛けた工藤くんの声が遠くなった。少しの間を置いて聞こえてきたのは、工藤くんの声ではなかった。

『坊やも余計なことを言うわね。さっきぶりかしら、結希』

それは、さっきまで私の家にいたベルモットさんの声だった。

「ベルモット、さん…」

『怖がらなくていいのよ。あなたに何かしようなんて思ってないから。それと、あなたのお母さんは何も知らないわ。組織とは全く無関係だから、心配しなくていいのよ』

無意識に震えた声で怖がっていることを見透かされ、動揺していた私はベルモットさんの言葉に安堵した。犯罪者の言葉なんて信じてはいけないと思う反面、嘘を言っているように思えなかったのも本心だ。私は素直に直感を信じて、ベルモットさんの言葉を信じることにした。

「…そうですか」

『あなたとはゆっくり話してみたいわ。また会ったら一緒にお茶でもしましょう。good-bye』

それを最後にベルモットさんの声は聞こえなくなり、替わりにブーツの踵の音と工藤くんの声が聞こえてきた。

『…取り敢えず、オメーの母さん組織の仲間じゃなくて良かったな』

「…うん。あ、ねえ、シルバーブレッドって誰のことか分かる?」

『シルバーブレッド?さあな』

どうやら工藤くんも知らないようだ。よろしくと言われたが、分からないなら仕方ない。保留ということにして、話題転換をした。
その後数分話したあと、またねという言葉を最後に漸く電話を切った。
雨音が、厭にはっきりと聞こえた。


2011.07.02
2011.10.06修正

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