甘いひとときをあなたと
さんさんと照りつける太陽の下、俺は携帯をいじりながら、ある人を待っていた。
甘いひとときをあなたと
夏真っ只中の今日は日曜日。部活もなく、久しぶりの休日だ。
しかしやることがなく、物凄く暇だ。家には誰もいなく、俺だけが一人、クーラーの効いたリビングで寝転がっている。何かやることはないかと、ゴロゴロしながら思案していると、ある人物が浮かんでくる。
俺は、咄嗟に机に置いてあった携帯を取り、その人へ電話をかけた。プルルルル、という呼び出し音が、いやに長く感じられた。数秒後、ようやく呼び出し音が止まり、愛しい人の声が機械越しに聞こえた。
『…もしもし』
思わず緩みそうになる頬を抑えながら、嬉しそうに返事をする。
「もしもし、鬼道か?いきなりで悪いんだが、これから時間空いてるか?」
『ああ、空いてるが…』
「!だったら、もし良かったら一緒に喫茶店へ行かないか?」
これじゃまるでデートのお誘いだ。それに喫茶店って…我ながら何故そんなチョイスをしてしまったんだ…咄嗟のこととはいえ、これは無かったと思う。
言ってから少し頭を抱えて後悔していると、返答はすぐに返ってきた。
『別に構わないぞ』
「!!ほ、本当か!?」
『嘘を言ってどうする』
苦笑しながら言われた言葉が嬉しくて、思わずガッツポーズをしてしまう。
それから近くの喫茶店へ行くことになり、待ち合わせ場所と時間を決め、俺は携帯を閉じた。
行く前からテンションの高い俺は、多分気持ち悪いくらい顔がにやけているだろう。
久しぶりの休日は、最高に楽しい日になるだろうと思いながら、俺は出かける準備を始めた。
「待たせたな、佐久間」
「鬼道!…いや、俺も来たばかりだ。気にするな」
待ち合わせ場所へ先に来て待っていた俺は、鬼道の姿が見えた時、頬が緩んでしまった。
私服姿で来た鬼道は、いつもと違う感じがして、無意識に見惚れてしまった。
早速行くことになり、歩道を二人並んで歩く。人通りは少なく、熱い熱気が立ち込めている。
すぐ近くに喫茶店があるので、数分としないうちに着くことが出来た。
カランカランという音を聞きながら、店のドアを開ける。入った瞬間に、一身にクーラーの冷気を浴びて、心地よさが全身を包む。人影はまばらで、静かな空気が流れていた。席に着いてからそれぞれ注文した後、雑談を始める。
「静かなところだ…心が落ち着く」
「たまにはな。練習ばかりで疲れているだろうし、ちょうどいいかなと思ったんだ」
「ありがとう、わざわざ誘ってくれて」
「いや…正直言うと、暇でしょうがなかったんだ。迷惑だったらと思ったんだが…」
「そんなことはない。俺も何をしようか悩んでたところだったんだ」
「そうか…あ、そういえば昨日辺見が…」
今は学校が違う為、お互いの周りでの出来事を楽しく話し合っていると、注文していた物が運ばれて来た。
「これ、一度食べてみたかったんだ」
そう言った俺の前に置かれたのは、5人前は裕にあるだろうと思われる、特大パフェだった。嬉々としてスプーンを手に取ると、顔を引きつらせている鬼道の姿が目に入った。ちなみに、鬼道はコーヒーを頼んだらしい。しかもブラック。俺には無理だ。
「そんな大きなパフェ、食べ切れるのか?というより、ここ喫茶店じゃ…」
「期間限定で、今だけ食べられるんだ。見た目も凄いが味も凄いと聞いて、食べてみたいと思ってたんだ。甘いものが好きな奴には堪らないだろうな」
「…お前も甘いものが好きなのか?」
「ああ!」
元気良く返事をした後で、ここが店内だと思い出し、大きな声を出してしまったことに恥ずかしさを覚える。赤くなった顔を誤魔化すように、目の前のパフェをスプーン一杯に掬い、勢い良く口の中へと入れる。瞬間、甘さが口の中で広がり、えもいわれぬ高揚感を感じる。恥ずかしさなどを忘れてパフェに夢中になっていると、鬼道が俺を見ていることに気付いた。
「…なんだ?」
「…いや、随分幸せそうに食べるなと思ったんだ」
「小さい頃から甘いものが好きで、よく食べてたんだ。パフェが特に美味くて、わざわざそれだけを食べに遠くまで行ったこともあるんだ」
「本当にパフェが好きなんだな。そんなに美味いんなら、俺ももらっていいか?」
「ああ」
何故か二つあったスプーンを、一本渡す。鬼道はそれを受け取ると、パフェを一口分掬って口に入れた。
「…美味いな」
「だろ?」
嬉しくなって思わず笑うと、鬼道も微笑みを浮かべる。
その後も鬼道とパフェを食べ続け、五人前あったそれを完食した。鬼道も冷めてしまったコーヒーを飲み終わり、会計を済ませる。
パフェは大きさの割には安かったので、ちょっと嬉しい。
帰り道。
行きの時よりも傾いた太陽が、雲で少し隠れて一時的に少しだけ涼しくなる。
二人並んで歩いている俺達は、先ほどのパフェの話をしていた。
「佐久間が甘い物好きだとは思わなかった」
「普段は食べないからな。話もしないから気付かなくて当然だ。…というより、鬼道も結構食べてたな」
「!ま、まあ、美味かったしな」
「でも、あの大きさの物を五分の二も食べるとは思わなかったな。だいたい二人前くらい、か?」
「…」
恥ずかしさのあまり俯いてしまった鬼道の頬は、赤く染まっていた。可愛いな、と思いながら、鬼道の背中をポンポンと叩く。
「ごめんごめん。そんなに気にするとは思わなかった」
「いや…」
再び上げた顔は、いつもと同じ、凛々しいものだった。
俺は、ふっと笑うと、また前を向いて歩き続けた。
普段は見られない鬼道の表情を見ることが出来たし、パフェを一緒に食べることも出来たし、今日は最高の一日になった。
ずっとこの時が続けばいいのに、と思う俺は、また明日から始まる学校をちょっと恨めしく思った。
2010.08.20
- 6 -
[*前] | [次#]
ページ: