孤城落日


ふと耳を澄ませば、静かに雨の音が聞こえてきた。ここ最近、ずっと晴れていたから久々の雨だ。
辺り一面真っ暗な世界。夕食も風呂も済ませた今の時間、殆どの者が自室で眠っている筈だ。だが、俺はまだ終わらせていない仕事がある為に、灯りを点けて机に向かっている。
もともと仕事の量は少なかった。すぐに仕事が終わると、寝る為に布団を敷いた。ふと、そこで雨足が強くなっていることに気付いた。室内に響く雨音が煩い。この分では雷も落ちてくるのでは、と思った時、外から強い光が射してきた。暫くしてから、身体の奥に響くような轟音が辺りに響いた。これは近くに雷が落ちたな、と思った時。
廊下に、人の気配がした。
馴れ親しんだその気配は俺の部屋の前で止まった。じっと襖を見ていると、暫くしてから、雨音に消されそうなくらい小さくか細い声で名前を呼ばれた。

「……一…」

「悠か?どうした」

「入ってもいい…?」

何かに怯えるように、僅かに震えた声は、普段の明るさなど一切感じさせず、頼りなく感じるものだった。
入室を許可すれば、勢いよく襖が開かれ、黒い物体が俺の胸の中へ飛び込んできた。

「悠…落ち着け」

「無…理…っ」

黒い物体…悠は肩を震わせて、きつく抱きしめてくる。
原因は明白。雷が怖いのだ。
実際に見たものしか信じない主義の悠は、霊といった類のものは平気だし、虫や蛇も問題ない。浪士相手にでさえ、平然と振る舞っていた。
しかし、唯一苦手なものが、雷だった。何が怖いのか俺には分からぬが、雷が鳴り始めると、必ず俺の所へ来る。これは、初めて会った時からそうだった。
若干涙目になっている悠は、また鳴り響いた雷に肩を大きく震わせると、一層強く着物を握り締めた。微かに震えている手に自分の手を重ねると、頭を出来るだけ優しく撫でた。

「…大丈夫だ。俺がいる。お前も男なのだからしっかりしろ」

そう言うと、安心したのか、静かに目を閉じて規則正しい寝息をたて始めた。
これもいつもの事だ。宥め透かしてあげれば、安心して眠りにつく。着物を握ったまま、離そうともせず。そうして、そのまま一緒に布団へ入る。強く握られた手を離すことは躊躇われ、いつの間にかこれが当たり前になっていた。

「さて、寝るか…」

いまだ掴んだままの手をそのままに布団へ寝かせると、灯りを消して布団へ入る。
隣に感じる温もりを抱き寄せて、静かに目を閉じる。
この子が怖いと言うのなら、それから守ってみせる。それは随分前に誓ったものだった。それを改めて今、見つめ直して再確認をした。
いつの間にか、雨足は弱まっていた。




孤城落日
=勢いが衰え、頼りなく心細いこと。


2011.08.12

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