和気藹々


「トッシー、暇。遊んで」

いきなり俺の部屋に我が物顔でやってきた悠は、仕事に追われてる俺なんて一切気にせず、こう宣いやがった。額に青筋が浮かぶのを自覚しながら、俺は暢気な顔をして勝手に寛ぎだした悠を鋭く睨み付けた。

「ふざけんな。俺が回した仕事はどうした」

「一が引き受けてくれた」

「自分の仕事ぐらい自分でやりやがれ!」

「やだ」

こいつには何を言っても無駄だということは昔から知ってる。だからと言ってそれに慣れる訳でもない。自分が嫌だと思ったことは絶対にやらねぇから、注意しても叱っても意味がない。そして、その嫌なことは何故かは知らないが、全部斎藤に回る。斎藤も何だかんだ言って悠には甘い。渋々といった感じでも断り切れなかったんだろう。
とか色々思考を巡らせてる間に、悠は俺の部屋を漁り始めた。もう一々叱るのも面倒だからそのままにしていたら、悠が急に声をあげた。
今度はなんだ。

「トシの発句集がない」

「!?」

反射的に筆を放りだして、発句集が置いてある筈の場所を探すが、確かにない。
また総司か、とまさに鬼のような形相で総司を探す為に部屋を飛び出した俺は、悠が口端を吊り上げてることに気付かなかった。






その頃土方の部屋に居続けた悠は、机の上に置いてある冷えきった茶を飲み干すと、その湯呑を持ったまま庭へと降りた。沓や草履等といった類を一切持ってない悠は、当然裸足だ。

「さーて、トシはいつ気付くかな?」

それはもう楽しそうに笑みを浮かべると、裸足のまま稽古場へと向かった。






総司を探しに行ったはいいものの、そういえば巡察中だったと思い出し、仕方なく放り出してきた仕事の続きをしようと自室へと戻る。が、さっきまでいた筈の悠の姿が見当たらない。よく見ると、机の上にあった筈の湯呑もない。
どういうことだと眉間に皺を寄せたところで、ある一つの可能性が閃いた。
その場にある物を持って消える。
これは悠が構って欲しい時、もしくは何かを企んでいる時の行動だ。
また面倒事が増えたと頭を抱えると、早速来た道を戻り、直感的に稽古場へと向かった。






「あれ、意外と早かったね。流石副長サマ」

「お前だろ、持ってんのは。返せ」

稽古場へ行けば、直感通り悠が一人で立っていた。周りには誰もいない。この時間帯は三番組が稽古で使っている筈だが…どういうことだ?

「いいよ。返してあげる。でも、俺に勝ったらね」

相変わらず笑みを浮かべている悠は、訳の分からないことを言ってきた。それが、ここにいる筈の三番組と何か関係があるのだろうか。

「幹部全員で鬼ごっこ!トシの発句集は幹部の誰かが持ってるよ。持ってる人を捕まえたらトシの勝ち。夕食までに捕まらなかったら俺達の勝ち。あ、千鶴ちゃんは参加してないから」

「はぁ?意味分かんねーよ。ふざけてねーで…」

「大丈夫、近藤さんの許可は貰ってるよ」

「そういう意味じゃ…」

「鬼ごっこ開始!」

「あっ、待て悠!…ったく」

懐から龍笛を取り出して思い切り鳴らすと、そのまま稽古場を去って行った。訳が分からないまま取り残された俺は、ため息をついた後、屯所内が静かなことに納得し、許可を出した近藤さんを恨みながら稽古場を出た。






この鬼ごっこを提案したのは総司だった。
最初、俺は反対した。トシの仕事を邪魔するのは良くないと。でもたまには休憩させて気分転換した方が仕事はかどるよ、と言いくるめられ、仕方なく協力することにした。既に近藤さんの許可は貰ってると言う総司の行動の早さに驚きながらも、現在こうして屯所内で鬼ごっこを続けている。
ちなみに隊務の方は伍長任せだ。理由を言えば皆納得してくれたらしい。というより、納得せざるを得なかったんだと思う。組長自らの説明だったから、お願いというより命令に近かったかもしれない。
伍長達には申し訳なく思ったけど、これもトシの為と思って、今は厨に隠れてる。発句集は俺が持ってる。…あ、平助が捕まった。悲鳴がここまで聞こえてきた。屯所内がいつもより静かだからか、余計にはっきりと聞こえた。
日が大分傾いてきた。そろそろ夕食の準備を始めなければならない時間だ。夕食が遅れるのは流石に不本意だから、一緒に隠れてた総司とトシの元へ向かった。総司はもう止めるのかと不満そうだったけど、無理矢理引き摺って行った。






苛々が募ってくる。一向に捕まらない。
ただの遊びでむきになってる自分もどうかと思うが、これにはあの発句集が懸かってる。
今まで捕まえたのは原田と平助、新八、斎藤の四人。誰も持ってはいなかった。となると、可能性としては総司か悠が持ってることになる。が、一向に見つからない。苛立ちの原因は、まさにそれだった。
日も傾いてきた。急がねぇとまずい。そう思った時。

「眉間に皺が寄ってますよ、土方さん」

「…総司!?」

不意に総司の声が聞こえてきた。勢いよく振り向いたが、そこには誰もいない。すると。

「そっちじゃないですよ」

別方向から同じ総司の声。案の定、振り返ってもそこには誰もいない。
思わず、ため息が出てしまった。

「…総司と悠か」

「正解。さて、どっちが持ってるでしょうか」

「早く当てないと日が暮れてしまいますよ」

正解と言われても嬉しくない。早くしねぇと本当に日が暮れちまう。
二人の声を頭の中で反芻する。どちらが総司で、どちらが悠か。
直感的に踵を返すと、廊下の角を曲がる。そこには橙に輝く太陽を背に穏やかな笑みを浮かべた悠の姿。

「…お見事」

俺と同じ顔で妖艶に微笑むその姿は、今までの苛立ちや疲れを全て吹き飛ばしてくれるようで。思わず笑みを浮かべると、悠の腕を掴んだ。

「…返してもらおうか」

「あはは。あーあ、負けちゃったなぁ。お疲れ様、トシ。はい」

懐からおもむろに取り出されたそれを受け取ると、いつの間にか後ろへやって来ていた総司を振り返った。

「…総司、これを考えたのはお前だろう」

「ええ、まあ。だって面白そうでしたし」

「ふざけんな」

相変わらず意地の悪そうな笑みを浮かべている総司の頭を発句集で叩くと、自室へと戻る為歩きだす。その後ろを付いてくる、一つの足音。楽しげな声で、俺に質問をしてきた。

「ねぇねぇトシ、なんで俺だって分かったの?」

声真似に関してはそれなりに自信がある悠。楽しげな声の中には、驚きと疑問、不満が混じっていた。
俺は僅かに口角を吊り上げると、首だけ後ろを振り返った。

「俺を誰だと思ってやがる」

その返答に一瞬虚を突かれたような顔をした後、すぐに満面の笑みを浮かべると一気に距離を詰めて後ろから抱きついてきた。

「そうだね」

その顔が本当に嬉しそうで、幸せそうで。
たまにはこんな日も良いかと思ってしまったのは秘密だ。




和気藹々
=やわらかで穏やかな気分が満ちているさま。


2011.05.08

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