序章
よく晴れた昼下がり。
先日までの寒さが嘘のように暖かくなり、僅かに咲き始めた桜にもうすぐ春が来ることを感じさせる。こんな時は掃除しかないと思い、習慣になり始めた玄関前の掃き掃除を始める。日射しが思ったより強く、僅かに汗をかく。それを袖で拭ったところで、玄関から人影がやってくるのに気付いた。振り返って見れば土方さんがこちらへ向かって歩いて来ていた。いつも通りの格好だけど、どこか出かけるのかな。
「土方さん!お出かけですか?」
「ああ、ちょっと息抜きにな……なんだその顔は。そんなに俺が休むのが珍しいか?」
「えっ、あ、いえ、そんなことは…」
怪訝そうな顔をされて、私は慌てて取り繕おうとしたけど、土方さん相手では意味が無かった。
まさか思ったことが顔に出てたなんて…。
「まぁいい。行って来る」
「あ、はい。いってらっしゃい!」
苦笑されてから、そのまま門の方へ歩いて行った土方さんに挨拶をしたところで、屯所の方から怒鳴り声が聞こえて来た。土方さんの、声の。
…え?土方、さん?
「もうばれちゃったのか。さすがトシ」
「え…?」
慌てて振り返って見ると、そこには確かに土方さんがいる。けど、明らかに纏う雰囲気が違う。発された声も、表情も。
柔らかそうな笑みを浮かべて腕を組む姿は、普段の土方さんからは想像出来ない姿だった。どちらかというと、沖田さんに近い感じがする。
…誰?
「あの、あなたは…」
「悠!てめえ勝手に抜け出すんじゃねぇ!」
私の言葉を遮るように怒鳴りながらこちらへやってくるのは、今私の目の前にいる土方さんと全く同じ姿の土方さん。
土方さんが…二人?
「えぇ!?」
「雪村!そいつを捕まえろ!」
「は、はい!」
条件反射のように返事をすると、目の前にいる土方さんの袖を強く掴む。諦めたように何も抵抗してこないから、正直助かった。
「ちゃんと仕事はやったよ?まだ何かあるの?」
「まだやってもらう仕事は大量にある。それから、その格好で出歩くな!」
漸く追い付いた土方さんは、いつも以上に眉間に皺を寄せながら、私が掴んでいたもう一人の土方さんの腕を掴んで、引き摺るようにしながら屯所の方へ戻っていってしまった。
目の前で起きたことが理解出来ずに混乱していると、巡察から帰って来た沖田さんが笑いながら私の方へやってきた。どうやら今のやり取りを見ていたらしい。
「悠も相変わらずだなぁ。土方さんもちゃんと説明してあげればいいのに」
「あ、あの、沖田さん。今の土方さんにそっくりな人って…」
「九条悠。土方さんの影武者、かな。副長助勤だね。似てるって言っても血の繋がりなんて全くない赤の他人だし、悠の方が年下だから顔立ちが若干幼いんだよね」
「性格も全然違うみたいですしね。双子かと思いました」
「僕も最初は双子だと思ったよ。でも、悠も可哀そうだよね。土方さんに似ちゃったんだから」
私は笑っている沖田さんを冷めた目で一瞥した後、もう一度屯所の方を振り返った。すると、本日二度目の土方さんの怒声がまた屯所内に響き渡った。
私の知らないことは、まだまだたくさんあるみたいだ。
2011.03.31
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