ハル03後編 | ナノ







まわり道・後編





何故こんなことになったのだろうとハルは一人帰路に着きながら思った。かなでと楽しく帰る予定だった帰路がひどく寂しく惨めにうつる。
新が来たからこうなったのかと考えて、ハルは首を振った。
違う。本当はもっと前からわかっていたはずなんだ。
彼女が世界を目指していることも。その夢には結婚が足枷になると言うことも。
ただその現実から目を逸らしたくて、彼女を束縛したくてプロポーズをした。
利己的な結婚はかなでがもし頷いたとしても、きっとそう遠くないうちに破綻しただろう。それが早まっただけだ。
ハルは小さく息を吐いて頭を振り、ただ歩くことに集中する。ふいにポツリと地面に水滴が落ちた。慌てて空を見上げると、いつの間にか空はどんよりと曇っている。
夏の天気は変わりやすい。晴天から曇天へ。夕立の気配にハルは苦笑した。

まるで俺たちみたいだ―――






降り始めた雨の音を聞きながら、かなでは呆然とハルが去った方角を見つめていた。雨と同じぐらい目尻から大粒の涙が溢れている。新は暫くそんなかなでを見ていたが、やれやれと首を振ってかなでの目の前にしゃがみ込んだ。
「かなでちゃん」
「あ、新くん・・・私」
ハルくんが本当に好きなんだよ、世界で一番好きなんだよというかなでに新は頷いてよしよしとかなでの頭を撫でた。
「それと同じくらい音楽も好きなんだよね?」
「そ、それは」
「ハルちゃんのプロポーズにさ、すぐにこたえられなかったのはそのせいじゃないの?」
そういわれてかなでは返答に詰まった。確かにそうだと思う。
あの時、新がいなかったとしてもかなではプロポーズを先延ばしにしてもらうつもりでいた。
一度、たった一度でいいから世界に出てみたい。自分の目の前にある、今にも手の届きそうな夢に挑戦してみたかった。
かなでは暫く沈黙して、それから手の甲で涙を拭う。
「わたし、どうしたらいいのかな」
「夢を追いかけたらいいんじゃない?」
かなでの質問に新は真剣な顔であっさりとそう返した。それからふと悪戯っぽく笑ってかなでのあたまをわしゃわしゃと撫でる。
「そんでハルちゃんにプロポーズしたらいいよ!」
「あ、新くん」
顔も涙でぐしゃぐしゃなのに、頭までぐしゃぐしゃにされてかなでが声を上げると、新は声を立てて笑った。
「大丈夫、かなでちゃんは音楽と同じぐらいハルちゃんが大好きなんだから!」




かなでと喧嘩別れをしてから1年が過ぎた。1年の間にかなでは新たが言ったように世界に進出して、コンクールで数々の賞を取った。テレビでも雑誌でも、もはや興味本位ではなく確かな実力者として取り立てられている彼女は液晶画面の中で、1年前よりもさらに輝きを増して立っていた。
リモコンを持ったままハルはそれをみて小さく息を吐いた。今日であれから丁度1年がたつ。1年の間にかなではどんどん前に進んでいるのに、ハルはあれからずっと動けないままだ。夕立はあの日のうちにやんだはずなのに、ハルの心の中ではあのときの雨が未だに降り続けている。

進歩しないな、俺は

かなでのインタビューを見ながらハルは自嘲した。リモコンを机の上において、その場に膝を抱えて蹲った。テレビの中ではインタビュアがかなでを目の前にいささか興奮したように質問を投げかけている。
『小日向さんは世界的に大きな―――』
『小さな頃から音楽を―――』
『挫折した時期もあった―――』
『今好きな人はいますか?』
不意にそんな質問が耳に入ってハルは顔を上げた。テレビの画面ではかなでの顔がアップで映し出されている。インタビュアの音楽には関係のない質問にかなでは少し苦笑して、それからそうですねと口を開いた。
『はい、いますよ』
『それはもしかして、高校時代にライバルであったという冥加さんですか?あの人もまた世界的な賞をとられましたよね』
音楽のビッグカップル誕生ですかと意気込むインタビュアにかなではふふっと笑って首を振った。
『違います、私が、私が好きなのは音楽』
その言葉にハルは苦笑する。ああ変わらないな。かなではこんなところは変わらないんだな。その事実にがっかりした反面ほっとした。
そのままリモコンを手にとってチャンネルを変えようとすると、ふいにテレビの中のかなでが小さくあと、と続けた。
『あと、ハルくん。どっちも好きです。どっちかなんて選べないぐらい大好き』
その言葉にぼとりと手からリモコンが滑り落ちた。テレビの中のインタビュアにも相当の衝撃があったようで、えーっと大きな声がスピーカーを響かせる。
『ハルくんってどなたですか?まさか恋人!?』
『恋人じゃないです、振られましたから』
テレビのなかのかなではそういってほんの少し寂しそうな表情を浮かべた。しかし、すぐに意志の強い顔に戻って、くしゃりと笑う。
『でも、もう一度告白するつもりです。丁度一年たった日に』

ぴんぽーん

不意に間の抜けた電子音が室内に響いた。ハルは慌てて立ち上がって、玄関に向かう。

まさか、まさか

はやる胸を押さえて、ハルはゆっくりと玄関の扉を開けた。扉の向こうには予想通りの女性の姿が会って、ハルは咄嗟に彼女の、かなでの体を抱き寄せる。
「かなでさん」
「わ、ハルくんっ」
びっくりしたかなでの声にハルは慌ててかなでを離した。かなでは一瞬じっとハルをみて、それからテレビと同じようにくしゃりと笑う。
「私夢を掴んできたよ」
「はい、知ってます。テレビでずっとみていたから」
「音楽が好きなのは前とちっとも変わってません」
「はい、そうみたいですね」
だからこその賞だとハルがいうとかなではえへへと笑った。それからまじめな顔になってハルをじっと見上げる。
「わたし、1年前は選べなかった・・・ハルくんか音楽か」
「・・・・・・」
「でもハルくんとあんなふうになって、一人で考えて、一人で頑張って・・・一人でやりたかったことは全部やってみたの」
「・・・・・・」
「それでね、もう一人でやりたいことなんてもうなくなっちゃって」
今度は二人で、と言おうとしたかなでの口をハルは指先で塞いだ。ほんのちょっとだけ怒った顔をして、それから困ったように笑う。
「どこまで俺をかっこ悪くするつもりですか」
「でも」
「その先は俺にまかせてもらえませんか」
ハルの言葉にかなでは大きく目を見開いた。それからぽたりと一筋涙を流す。あのときの涙とはまた別の涙。ハルはそれを指先で拭って微笑んだ。待っていてよかったと思う。1年間立ち止まったのはけして無駄ではなかった。
全てはこの一瞬のために―――
「一年前のプロポーズ、まだ有効ですか?」
「あたりまえです!」
100年立とうとずっと有効に決まっていますというかなでにハルは笑ってうんと頷いた。

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special thanks:匿名希望様
request:ハル×かなで

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