〜水嶋新の場合〜
「お婿さんにしてください」
そういわれて、かなでは持っていた箸をぽとりと落とした。目の前には乙女のごとく頬を赤く染めた新がテーブルを挟んだ向かい側にきちんと正座をして座っている。
かなでと新が付き合い始めて今日で丸三年。同棲はしているものの、お互いにまだ学生の身分だ。いや、それ以前にお婿さんにしてくださいはプロポーズとしてどうなんだろうとかなでは考えた。普通ならお嫁さんになってくださいか、あるいはお嫁さんにしてください、だ。ただし後者は女性のセリフである。
「えっと、新くん」
タイミングにしろセリフにしろ、いろいろ間違っている恋人にかなでは取り落とした箸を机の上に置きなおして居住まいを正した。
新はきらきらした目でこちらを見ている。
まるで拒否されるなんて考えもしない、自信と期待に満ちた目だ。全般的な信頼を寄せるその視線にかなではうぅと唸った。
ここで断ったら落ち込むよね
それだけならまだいいが、相手は新だ。突発的に別れるとかそういう話になりかねない。
それに
かなでは思う。
それに答えはもう決まっている
出来ればもうちょっと違ういいかたで了承したかったなとかなでは小さく呟いて、それからゆっくりと口を開いた。
「幸せにしてくださいね」
「勿論っ!!」
当たり前だよっと叫んで新がテーブルを乗り越えてかなでに抱きついた。
その拍子にがっしゃんと味噌汁の器やらお茶碗やらが倒れて、テーブルの上が大惨事になる。だが新はそんな状況にはまったく気づいていないらしく、結婚式は誰を呼ぶ?新婚旅行はどうしようか、あ、赤ちゃんはいつごろ欲しい?などと気の早いことを次々と口ずさむ。
そんな新にかなではやれやれと首を振ってまずはおかたずけでしょといって笑った。