〜東金千秋の場合〜
「おいかなで、結婚するぞ」
ある日立ち寄った喫茶店で唐突にそう言われてかなではえっと声を上げた。目の前では東金千秋が偉そうに・・・実際現在は会社を経営していて社会的地位は高いのだが・・・ふんぞり返ってお茶を飲んでいる。
まるで明日も一緒に出かけるぞ、と言うときのような気安さにかなではしばし呆然とした。
「え」
「聞こえなかったのか?結婚だ結婚」
結婚結婚と大きな声で騒ぐ千秋にかなでの暫く止まっていた思考が動き出す。最初に複雑に感情が入り混じった後、わいてきたのは怒りだった。
もうちょっとムードを考えてください
そういったところで相手は唯我独尊を絵に描いたような男なのだ。かなでは目の前の紅茶を飲んで咽喉元まで競りあがった言葉を嚥下する。千秋が選んでつれてきてくれただけあってここの紅茶もケーキも絶品だ。ちらりとメニューにかかれた値段が若干気になるがあえて見ないふりをする。彼とかなでの金銭感覚の違いは山より高く海より深い。
せめてここの紅茶じゃなくてお前の紅茶を一生飲みたいとか言ってくれたらな
それなら素直に頷くのにと内心思っていると千秋が不服そうにおいっと声をかけた。
「黙ってないで何とかいえ」
そういわれてかなではもぅっと息を吐く。答えなんか決まっている。決まってはいるがムードのかけらもないこんな状態でそれを告げるのは気が引けた。
言うべきか、言わざるべきか
かの有名なハムレットに似たセリフが頭を過ぎる。あれほど深刻ではないがかなでにとってこれは一生を左右する問題だ。
どうしようと千秋を見るとふんぞり返っているくせに存外不安そうな瞳と目が合った。
「嫌、なのか?」
いつもは自信に満ちた目がそういって揺れる。
その視線にかなではふぅともう一度息を吐いてそれから苦笑した。
駄目だ、負けた
ムードなんかなくっても、そんな千秋を私は愛している
ゆっくりと首をたてに振ると先ほどの不安はどこに吹き飛んだのか、まるで子どもみたいに前回の笑顔で千秋は俺の誘いを断れる訳がないと言った。