〜土岐蓬生の場合〜
「なぁなぁかなでちゃん、俺のために毎日味噌汁つくってくれへん?」
使い古されたプロポーズの文句を言うとキッチンにいたかなでが振り返って不思議そうに首をかしげた。
「もう作ってるじゃないですか」
そういう手には銀色のオタマが握られていて、ことことと音を立てるおなべからはなんとも言えないいい匂いが漂ってくる。
「はは、そうやね」
そうやないんやけど、やっぱりかなでに遠まわしは通用せえへんかと反省して蓬生はテーブルの上に肘をついた。
かなでと蓬生が同棲を始めてもう一年になる。蓬生としてはお互い学生の身分ではあるがもうそろそろ・・・と思っていたりするのだがかなでには学生結婚など考えもつかないらしく、蓬生のプロポーズをことごとくかわし続けている。
使い古されたセリフもあかんとすると・・・もう最終手段しかないか
ムードも何もないからしたなかったんやけど、と呟いて蓬生は立ち上がった。小さな棚の中をごそごそとあさってこれこれと一枚の紙を取り出す。
「どうしたんですか、蓬生さん」
味噌汁の入った椀をテーブルの上に並べながらかなでが声をかけると、蓬生はふふっと笑って紙をテーブルの天板の上に置いた。
訝しげに紙を見たかなでの目が大きく見開かれる。
ああ、これやったらやっぱりわかるんやな
これでわからんかったらどうしようかと思ったけど、と蓬生は苦笑して言葉を紡ぐ。
「一緒になろ?」
「っはい」
蓬生の言葉に何の迷いもなくかなでは頷いて、早速結婚届に署名をした。