八木沢01 | ナノ




すかいぶるーぱれっと







目の前に女の子が座っている。身長は平均より少し低い、155p。平均よりも細身なのと、表情のせいで更に小さく見える少女だ。名は小日向かなで。名を体で表すとはよくいったもので、性格はまるで小さな日だまりのように柔らかく暖かい。菩提樹寮のラウンジでそんな少女に茶菓子を振る舞いながら八木沢は少女を見つめていた。
はぐはぐとお菓子を口いっぱいに頬張る姿はまるで子供みたいなかなでだが、バイオリンを奏でるその実力は確かだ。
実際関東大会で戦ってみてわかった。自分では…少なくとも今の自分では決して勝てはしないだろう。
それは技術力ではなく、才能。努力をすればその分だけ必ず伸びる能力。
天賦の才とはまさしくこのことかと思う。ところがそんな彼女がここ最近あることに思い悩んでいるらしい。というのもついこの間八木沢の幼なじみである東金に「華がない」といわれたらしいのだ。
そのせいで茶菓子を食べている間もどことなく元気のないかなでに八木沢は心配げに眉をひそめた。
「大丈夫ですか?」
「ふ?」
口のなかにぱんぱんに饅頭を押し込んでいるせいで、すぐさま応対できないかなでにお茶を進める。かなではどうにか茶菓子を嚥下するとふぅぅと小さく息を吐いた。
「八木沢さんは私にやっぱり華はないと思いますか?」
「そうですね…」
不安げに問いかけてきたかなでに八木沢は言葉に詰まった。
地味、といえば確かに地味な少女ではあるがそれゆえの素朴さはあると八木沢は思う。ただ、華があるかと問われればない。艶がない、といいかえればよいのか。かなではよくも悪くも子供で、透明で純粋だ。
「水清ければ魚棲まず」
不意に八木沢が呟いた。かなではぱっと顔をあげる。今はどんな些細な情報でも欲しいというのがありありとわかって八木沢は苦笑した。
「どういう意味ですか?」
「意味ですか…」
酷いことをいうかもしれませんが、と前置いて八木沢は口を開いた。
「清すぎる水にはかえって魚は棲みつかない…心が純粋だとかえって回りの人にはじかれてしまう…つまり、洗練された純粋なだけの音楽では大衆の歓心を得ることはできない…ということです」
かといって汚れすぎるのも問題ですが、というとかなでは神妙な面持ちで頷いた。それからふうっと息を吐いて八木沢を見る。
「難しいですね…なんだか天宮さんが頑張って恋しようとしてるの、わかる気がします」
「天宮?」
聞き慣れない名前だ。八木沢はおうむ返しに尋ねる。
かなではあれっと首を傾げるとしばらく考えてそうかと頷いた。
「天音の天宮さん…えっとピアノを弾いている」
関東大会にいたでしょうと言われて、八木沢は記憶を探った。あの時は冥加の印象が強かったが、確かにその音を支えるピアノの実力もまた確かなものだったように思う。
「お知り合いなんですか?」
「はい、えっと音楽を教えてもらってます」
かなではニコニコと笑ってお茶を啜った。
八木沢はそうですかと頷いて内心首を傾げる。
記憶を探る限り、天宮という少年はなんというか非常に感情に乏しいような気がした。笑ったり呆れたりはするのだが、そのどれもが作り物めいている。対するかなでは感情の塊のような少女で、明るく時に無鉄砲だ。あまり共通点のなさそうな二人だと思っていると、かなでがとんでもないことを口走った。
「恋愛の契約を結んでるんですよ」
「なっ」
驚きのあまり思わず椅子を蹴って八木沢は立ち上がった。
「れ、恋愛って」
「あ、実験ですよ?恋愛実験。恋愛が音楽にどう影響するかを探るっていう………あ、だったら天宮さんに頼めばいいのかな」
そうだと思い付いたようにいうかなでに八木沢は慌て首を振った。
「だ、駄目ですよ」
「八木沢さん?」
「そんなのは絶対駄目です」
「で、でもこのままじゃ東金さんに負けちゃう」
いつにない剣幕で反対する八木沢にかなではううっと唸る。上目遣いで見上げられて八木沢は一瞬躊躇し、いやしかしと口を開く。
「でしたら」
「ら?」
「でしたら僕が指導します」
恋愛を契約だとか実験だとかいう人間には任せられませんっという八木沢にかなでは目を丸くして、それからくしゃりと破顔した。
「じゃあ八木沢さんと私は恋人同士ですね」
「え」
「だって教えてくれるんですよね」
恋愛。と無邪気に笑うかなでに八木沢はなんと答えるべきか頭を悩ませていた。



あとがき
八木沢+かなで。八木沢が完全にお父さんかお兄ちゃんな感じになりました。八木沢もキャラ掴みにくいよぅ

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