天宮03 | ナノ







ほわいとぱれっと



※拍手再録



久しぶりに風邪を引いた。朝起きて咽喉が痛いなと思って立ち上がるとぐらりとめまいがしてまた布団に逆戻り。随分前に姉がこれぐらいは常備していてと渡された体温計を引き出しの奥から引っ張り出して検温してみる。数分後ピピッっと軽快な電子音が鳴って、ゆっくりとそれを取り出してみると『38.8』という数字が視界に入った。

風邪か

両親を亡くしてからは終ぞ風邪など引いたことはなかったのだが、ここ最近の自分はおかしかったのだろうか。夏風邪など馬鹿が引くものだとばかり思っていたのに自分自身がそれにかかるとはなんと情けない。とはいってもこの部屋に薬や水枕が常備されているはずはなく、天宮静はふぅっと熱いため息を吐いた。

仕方ない

寝ていれば直るだろうと体に走る悪寒を無視し、布団を被って目を閉じる。
どれくらいそうしていたのだろうか不意に枕元においてある携帯がなった。熱できしむ関節に顔を顰めながら億劫そうに携帯を手に取る。

先生か?

まさかなと思ってディスプレイを見ると、そこには静の尊敬する先生ではなく別の人物の名前が浮かび上がっていた。
小日向かなで。
静が恋愛を疑似体験するために協力を依頼した人物だ。
半ば熱にうかされながら通話ボタンを押すと、ふんわりと優しい声が携帯を通して鼓膜に響く。
「あ、天宮さん。こんにちわ。あの、もしよかったら」
練習に付き合ってくれませんかといういつもの誘いの電話だ。擬似恋愛の対価として音楽を教えるといった以上断ることはない。静は反射的にいいよと応えようとして、しかし出た声は予想していたよりも枯れて弱弱しかった。それに異変を察したのか携帯の向こうのかなでが慌てた声を出す。
「どうしたんですか?天宮さん」
「あ・・・うん、ごめん。ちょっと風邪をひいてしまって」
「風邪?天宮さん一人暮らしですよね?」
「うん・・・そうだけど。ああ、ごめん今日はやっぱり練習は出来そうにない」
契約違反だねというと携帯の向こうのかなでが憤慨したように声色を固くした。
「そんなのはいいんです。ご飯食べましたか?お薬は?」
熱は高いんですか?病院にはいきました?そう立て続けに問いかけてくるかなでに静は朦朧としながらもどうにか応えようとする。だが静の体力は既に限界を迎えていたらしく、心配するかなでの声を聞きながら静は気を失った。



ことん、かたん

ふと聞きなれない音がして静は目を覚ました。握り締めたままの携帯を見て、電話をしていたことを思い出す。あのまま寝てしまったのかと体を起こすとずるりと頭の上から何かが落ちた。ぽすんと音を立てて布団の上に落ちたそれを拾う。濡れたタオルだ。ほどよくしっとりと濡れたそれをぼんやりと見て、それから静は首をかしげた。

こんなもの用意しただろうか

ことん、ことんとキッチンのほうでまた音がした。上手く思考が働かないまま、立ち上がって静はふらふらとキッチンに向かう。そっと覗けば本来そこにいるはずのない少女がオタマを片手に鍋を見つめていた。
「小日向さん?」
びっくりして名前を呼ぶと、少女がくるりと振り返る。明るい髪色をした少女は同じくらい明るい色をした目を大きく見開いて、それからむぅっと眉根を寄せた。
「天宮さん、起きてきちゃだめですよ」
風邪引いてるんだから寝てくださいとくるりと体を反転させられ、背中を押される。静はしばらくされるがままになっていたがふと我に帰って肩越しにかなでを振り返った。
「なんで君がここにいるの?」
鍵は閉まっていたはずだけどというとかなではぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「しょうがないじゃないですか。風邪ひいたっていう電話の途中で応答がなくなって・・・びっくりして慌てて冥加さんに頼んだんです・・・お伺いもなくお部屋に入ったのは確かに非常識でしたけど」
しゅんっと音が聞こえそうなほど落ち込んで項垂れてしまったかなでに静は慌てて声をかけた。
「いや、そこは怒っていないよ。そうか冥加か」
彼はあれで面倒見がいいからなと呟くとかなでがそんなことはいいからと再び背中を押してベッドルームに戻される。ふらつきながらベッドにあがると上からふんわりと毛布をかけられた。
「はい、寝てください・・・水枕あればよかったんですけど」
先ほど落としたタオルを近くにおいてあった洗面器につけて冷やすと、絞って静の額にのせる。ふんわりとかなでのいいにおいがして静はふぅと息を吐いた。
「ご飯もうすぐできますから。食べたらお薬飲みましょうね?」
ぽんぽんと子どもをあやすように布団を叩くかなでに静は胸の置くが熱くなるのを感じた。
懐かしい。
遠の昔に両親と一緒に失ってしまった幸せな時間がここにあるような気がした。そして同時に悲しくもなる。失われてしまったものはもう二度と戻ってこない。きっとこれも夢なのだ。熱が魅せた幸せで切ない夢。
目が覚めたらきっと静は広いマンションの一室でたった一人なのだろう。
せめて夢ならば・・・
「・・・小日向さん」
「・・・?どうしたんですか」
「小日向さんっていいお嫁さんになりそうだよね」
夢ならばと思ったことをそのまま口にするとかなでの顔が一気に真っ赤になった。ぼんやりした頭であれ?彼女も風邪か?などとずれたことを考える。
「風邪じゃありませんっもうっ・・・寝ててください」
起きてきちゃ駄目ですよと念押ししてかなでがパタパタとベッドルームから出て行った。
その音を夢心地で聞きながらこれが夢でなければいいのにと静はどうしようもないことを思った。



あとがき
夢じゃありませんが天宮が夢だと思い込んでいるお話・・・パレットはさらりと明るく・・・がテーマのはずなのにまた著しくはずれたものを作ってしまった・・・天宮はどうしてもこんな感じになっちゃいます。天宮×かなでは涙が出るほど幸せな話がコンセプトのつもりなのですが、しかし調月からでるのは滝汗・・・すみません、すみません

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