知らぬが仏 | ナノ




知らぬが仏







「歯は磨いた。髪も整えた。笑顔、オッケー!」
鏡で自分の姿を確認し、かなではよしと頷いた。
先月高校を卒業したばかりのかなでは、現在同校の大学部に通っている。持ち上がり組が多いとはいえ、大学は学外からの人間も少なくない。
服装、身嗜み、全て問題がないかを確かめていると、不意にコンと軽い音をたてて扉が叩かれた。
慌てて振り返ると高校の頃よりも若干大人びた響也がふて腐れた顔でたっている。
「何やってんだよ、学校遅れるぞ」
「え、もうそんな時間?」
言われて時計を確認し、かなでは慌てた。時刻は7時50分、確かにもう出発しなければならない時間だ。
「律くんは?」
「律は先に行ったよ…ったく」
ばたばたと用意するかなでに響也は疲れた表情を見せた。
高校を卒業し、大学部に進学したかなでと響也は現在同棲している。
同棲、とはいっても正しくいえばルームシェアで、律もその住人の一人だ。
「いっそ、嘘でした…とかなればいいのに」
男女三人同じ屋根の下、という倫理とか道徳とか常識とかを無視したこの状況。
しかも現在かなでは律と響也以外の男と付き合っている。目の前でばったんばったんと暴れるかなでを見ながら、よくあいつは文句を言わないよなと内心感心していると不意に真横で気配がした。
慌てて振り返ると、件のかなでの男…こと、天宮静が無言で微笑みながら立っている。かなでとの付き合いが長いので、天宮静とも必然的に四年ほどの長い付き合いとなるのだが響也は今まで彼が何を考えているのか推し量れた試しはない。

いや、べつに知りたくもないんだけどな

感情の読めない微少を浮かべた青年に、とりあえず上辺だけは親しげにおはようございますと告げると静はスミレ色の目を響也に向けた。
「おはよう、返事がなかったから勝手にあがらせて貰ったよ…かなでさんは一体何をしているんだい?」
「あー、なんか用意できてなかったみたいで」
響也はぽりぽりと後ろ頭をかきながら応えた。自分から聞いたくせにふぅんと気のない相槌をうったあと、静はかなでに視線を戻す。
響也もつられるように視線を戻しいまだにばたばた暴れるかなでをみた。
「……」
「……」
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。かなではパニック状態になってしまったらしく、部屋を荒らすばかりで用意は遅々として進まない。しばらくそんなかなでの無駄な奮闘を見ていたが、流れる沈黙に気まずくなってちらりと静を盗み見た。
天宮静。
今は大学に通いながらも新鋭のピアニストとして名を馳せている青年だ。人形のように綺麗なルックスと、洗練されたピアノの音に着いた呼び名が「ピアノ王子」。
「王子」というネーミングセンスは如何なものかと内心思わなくもないが、どこか人を超越した雰囲気が「王子」といえなくもない。
つい、じぃっと静の横顔を見ていると、それまで人形のように動かなかった目がこちらをむいた。
「何?」
「いや、べつに」
「べつに、という雰囲気ではなかったと思うんだけど」
いやに食い下がる静に響也はうっと声を詰まらせた。無表情な青年だけに怒っているのかどうか判別がつかない。困ったなと頬を引き攣らせていると、漸く用意が終わったのかかなでが顔を出した。
「あ、静さん!来てたんですか!?」
「うん、たまには迎えにいくのもいいかなと思って」
そういってかなでに視線をむけた静に響也はほっと胸を撫で下ろした。

この人、なんか苦手だぜ

これ以上はできるなら関わりたくない。だが、響也はかなでの幼なじみで同居人だ。お互い面識がある以上関わらないでいるのも難しい。

とりあえず、今日はもう関わりたくないぜ

かなでのことは静に任せよう。響也はそう思って踵をかえす。背後ではいちゃいちゃした雰囲気。
あの無感情青年がどうやっていちゃいちゃするのか。
疑問に思わなくもなかったが、響也は振り返るのをやめた。

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