小説 | ナノ


君はかじれば骨まで甘い



ふと眠りから目を覚ます。
名前は何度か瞬きをして、たゆたう意識の中で眉を寄せた。
寝起きにもかかわらずなんだか気分が悪かった。焦るような、胸がひやりとするような落ち着かない心地だった。良くない夢を見たのかもしれない。


重い瞼を持ち上げると、カーテンの隙間からのぞく暗闇が今が真夜中だということを示している。黒と紺が濁ったような空がやけに不気味で、余計に眉に力が入るのが分かった。
そして次第に、普段なら気にも留めない部屋の隅や高い天井までもが暗く澱んでいるように思えてくる。

名前は隠れるようにシーツを肩まで引っ張り寝返りをうちかけて、その時やっと背中に密着する熱に気が付いた。


背後から二本の真白い腕がにゅっと伸び、自身の身体の前で交差している。
もぞもぞと身体を反転させると、そこには緩やかな寝息を立てる礼二郎がいた。
寝癖のついた髪に、暗闇でも浮かぶような白い肌。整った造形。いつもの見慣れた顔だったが、寝起きの頭には「綺麗だなぁ」と率直すぎる感想が浮かび、詰めていた息がほんの少し漏れる。
すると動いた気配を察したのか、礼二郎は低く喉を震わせうっすらと目を開けた。


「……名前」

「ごめん、起こしちゃった」


まだまどろみの中にいるのだろう。
色素の薄い瞳が眠たげにこちらを捉え、礼二郎は唇をほとんど動かさないまま話し始める。

「なんでそんな顔しているんだ」

暗闇でも目立つほどの瞳は、どうやら私の顔も見えていたらしい。

「…どんな顔?」


問い返すと、礼二郎は寝息か言葉かをこぼした後、一拍置いて「何度やっても、ちょうちょ結びが縦になる、ときの顔」と舌足らずな口調で答えた。


「…ちょうちょ結び」

「紅茶も。飲みたいのに、すっぽかされたような」

「紅茶」


彼も私もまともに頭が働いていないのだろう。
彼の返事は音としては聞こえているものの意味ある文章として処理ができず、結局私はオウム返しをしてうん、とかううんとも区別のつかない相槌を打った。
それでも礼二郎は納得したようで、ぎゅっと腕に力を入れ直し、ついでとばかりに足も絡ませてきた。体格差もあって名前は頭から足先まですっぽりと包み込まれ、肌には柔らかな重みがのしかかる。


「れいじろ、」

「…起きたら」

「うん?」

「起きたら、紅茶を淹れてやる。ちょうちょ結びも。僕は上手いから」


最後に礼二郎は嫌そうな顔をして「だからその顔をヤメロ」と目を閉じた。
すぐに規則的で深い呼吸が聞こえ始める。本格的に寝入ったようだ。



寝ているせいで普段より高い体温を感じながら隣で響くトクトクとなる心音に耳を傾けると、先程まで胸を占めていた嫌な感覚がいつの間にか霧散していることに気づく。
きっと、さっきの私はなんとも情けない顔をしていたのだろう。
礼二郎の言葉をぼんやりと思い出すとやはり意味はいまひとつピンとこなかったが、自分を思いやってくれたことはきちんと理解できた。
名前は頬を緩ませ、より深く礼二郎の中へ潜り込んで隙間のない心地よさを堪能する。



起きたら淹れたての紅茶をベッドまで運んでもらおう。なんでもいいからちょうちょ結びもやってもらおう。
身体と心に熱を分け与えてくれる恋人との朝を想像して、名前はゆっくりと瞼を下ろした。





[タイトルはお題配布サイト「白鉛筆」様からお借りしました]