小説 | ナノ


嫌い、嫌い


昔から彼が嫌いだった。

年がら年中飽きもせず小難しい本を読み続け、常に皺を寄せている眉間。
この世に楽しいことなど一つもないといわんばかりの表情が特に嫌いだ。かと言って笑った顔が好きというわけでもない。純粋に、あるいは皮肉を含ませて口の端を上げたって私にとってはどちらもだいたい同じ顔に見える。しかし感情の区別がつかないわけではない、むしろ私は周囲の人間と比べて彼の機微がよく分かるほうだ。

喋り方も同じ。一を話せば零を返し一を尋ねれば十以上を返す。無愛想なくせに話し出すと止まらない。これならば近所の井戸端会議を繰り広げるお節介なおばさんのほうが可愛げがあるだろう。
年中見る和服姿も意地が悪いところも彼の出す出涸らしの茶も大嫌いだ。


「で、何故君はそれを口に出すんだい」

「私は今石榴に話してるんだ」

「わざわざ僕に聞こえるような場所で、ねぇ」

「どこで話したってどうせ君の耳に入るんだから諦めたんだよ。この地獄耳」

それは随分賢くなったじゃないかと、嫌味たっぷりな声で笑われた。
私はその言葉を無視して石榴の喉をなでる。

「なぁ、お前は飼い主を選び間違えたよ。なんでこんなのに懐いたんだい。私のところに来ればきちんと可愛がってあげるのに」

そんな言葉に答えるかのように石榴はするりと膝から降り、そのままとたとた畳を歩いてまっすぐ「飼い主」の膝へ移った。

「石榴は『飼い主』の僕を選んだようだが、さてご感想は?」

「最悪」

何て楽しそうな顔をするのか。これはあれだ、関口さんを小馬鹿にしてる時の顔だ。

「根性曲がってるよ、君ってば」



昔から彼が嫌いだった。
いつだって眉間に皺を寄せて小難しい本ばかり読む無愛想な能弁家。地獄耳で皮肉屋。肺病かと見間違うような外見に和服姿。古本屋で拝み屋、神主。

それでも自ら目眩坂を上がってしまうのは。
彼の表情から機嫌の良し悪し以上が分かるようになって、勧められる本全てに想像以上にはまってしまい、一度たりとも反論の余地のない、むしろ納得させられてしまう話を聞くのが面白くて。皮肉が多いけれどそれに乗ってにやりと言い返してしまう自分がいるからで。








だけど、和服が似合ってるということは口が裂けても教えてやらない。