小説 | ナノ


見つからない感情


この気持ちは悲しみとは少し違う気がした。


「知人たちの騒がしさといったら。僕を何だと思ってるのか」

「榎さんの一言が一番強烈でしたね」

「『とうとうおかしくなったのか?』。本気で心配そうな顔をするから余計腹が立ったよ」

たかが結婚ぐらいで騒ぎ過ぎだ。そう呟いた秋彦の表情は、うんざりした愚痴とは裏腹に微かに緩んでいた。

「明日には正式に千鶴子さんの夫になるんだね」

「そうだな」

「そしたらもうこうやって話せないなー」

「別に千鶴子を気にしなくていいぜ。関口君なんて頻繁に顔を見せるに決まってる」

「ふふっ、そういう訳にもいかないよ」

秋彦は彼女のものになり、彼女は秋彦のものになるのだ。

「ね、秋彦。千鶴子さんのこと、愛してる?」

「愚問だね」

「じゃあ彼女は秋彦のこと、愛してる?」

「だろうね」

「そう」



私はどこかずれているのかもしれない。仮にも学生時代からの想い人が結婚する、と聞いて涙も出ないなんて。けれど私は何も行動を起こさなかったのだから仕方がない。側に居るのが当たり前の心地良さを壊す可能性を孕んだ告白なんてするつもりはなかった。
臆病者の私は二人の間に口出しはできず、詰まるところ私は敗北者なのだろう。
全て分かっていながらどこかが軋む。体のどこかが酷く痛いのだ。大切な物を落とした時の喪失感、それが見つからない時の行き場のない苛立ち、のような。


「名前?」


怪訝な顔をされて我に返った。

「ん?」

「名前も僕が結婚すると思わなかったかい?」

「まさか」


やはり分からない。埒のあかない思考は切り上げ、やっぱり結婚は悲しいかなと自己完結をした。
あぁそうだ。ひとつ言い忘れていた。





「おめでとう秋彦、お幸せに、ね」




(滑らかに流れ出たその言葉に祝福が詰まってないことだけは分かって、ちゃんと笑えたか不安になった)