小説 | ナノ


台風


「京極さーん!こんにちはお邪魔しますっ!」

「帰ってくれたまえ」

「嫌です」


穏やかな昼下がり。縁側には暖かい日差しを浴びながら寝ている石榴。
今日はうるさい連中が来なくて静かだと思った矢先、榎さんの分身のようなこの少女―名前―が縁側から上がり込んできたのだ。
靴を脱ぎパタパタと歩く音のせいで、猫が不満げに目を開ける。

「あっ石榴ごめんね、昼寝してたのに起こしちゃった」

「君は猫には謝るくせに人間で年上の僕には謝らないのかい?」

「何言ってんですか。わざわざあの倒れそうになる坂を上がってきた可愛らしい女の子に向かって」

ふぅ、と汗を拭う仕草をしながら芝居がかった口調で話すが、苦労して歩いてきたような汗は見当たらないし、誰も来てくれなんて言ってない。そもそも僕は名前を家に呼ぶことは滅多にないのだ。

「用もないのに来るものじゃないぜ」

今から意味もなく居座るのだろうと、諦め半分でそう言えば名前はフフッと笑って言った。

「京極さんに会いたかったんです」

「女の子が異性に軽々しく言う台詞じゃないだろう」

「軽々しくなんて言ってませんよ。こんなこと言う相手は京極さんだけです」

じゃあ顔見れたし話せたので帰りますねー。
終始楽しげに笑い、そう言い残して来た時と同様あっという間に去っていった。全くの意味不明。



…本当に、困る。
なぜ僕が名前を呼ぼうとしないか、なぜ邪険に追い払うか全く分からないらしい。
言ってみれば名前は台風なのだ。周りを自分のペースに引きずり込んで振り回す。そのくせ中心の彼女自身は平然としている。

あれが側にいるとどうも調子がおかしくなってしまう。
自分の隣に置いておきたいとか、あのよく動く唇を塞いだらどんな反応をするのだろうとか柄にもない事を考える。

「重症だな…」

名前が去り元の穏やかさを取り戻し始めた空気のなかで彼は小さく呟いた。顔に微かな微笑みを浮かべながら。


それは勢力を保ち続けて