短歌お題シリーズ | ナノ


私達が魚だった頃


小雨が柔らかく降り続ける午後。
辺りはぼんやりとしていて現実味がなかった。


「京極さん、なんだか懐かしいですね」


側に座って話しかけてきた名前に答える。

「何がだい」

すると名前はきょとんとした顔をした。

「何って、この感じですよ。あの日もこんな小雨が降って、水面が幻想的だったんです」

「一体いつの話だ」

名前は笑いもせず真剣な顔つきで言葉を返した。



「私達が魚だった頃、です」



「ほら、この時間より遅いとき。私達はこうやって側に居た」

話しながら僕の腕に頭を寄せる。

「…あぁ、そうだね。こんな風に静かだった」

「二人っきりで」

「そう、二人っきり」


名前は嬉しそうに目を細め、僕の指と自分の指とを絡ませた。


「今は手が繋げるわね」


そしてお互い握る力を強め、昔のような透き通った沈黙に身を漂わせた。





あとがきと解説