〜Merry Christmas〜
窓からは、綺麗に彩られたイルミネーションがよく見えた。
高層ビルにオフィスを構えた、ある企業のフロアには、人はまばらで残っている方が少ない。
クリスマス当日、連休明けで年末が近付き慌ただしさがあるものの、やはり今日という日を残業する者は少なく、そんな中を残っているのは、何も予定がないからに他ならない。
そんな中、細身のストライプ柄のスーツをサラリと着こなし。
糊の利いたシャツを身に付け、然り気無いオシャレとして、ブランド物の時計をする、上司である柳が憂いに満ちた表情で、窓の外を眺めていた。
書類を確認して貰おうと、声を掛けようとしたが。
その、何とも言えない表情にどことなく色気を感じて、見惚れてしまう。
普段と違う、物悲しげな寂しそうな。
そんな、何とも言えない表情は見た事がなく。
静かに、時間が止まったような錯覚に陥る。
このまま、止まればいいと思ってしまう程に。
「ん?どうした、終わったのか?」
フッと、柔らかな笑みを浮かべ問い掛けて来る。
そこには、先刻までの憂いは何処にも見当たらない。
何か言おうと思うが結局は、「終わりました」と告げて書類を渡すだけに留まる。
手渡した書類を受け取り、静かにチェックする姿を伺い見ながら。
その立ち姿と背後の夜景がマッチして、なんとも言えない雰囲気を醸し出す。
思わず、溜息が漏れる。
「ん、大丈夫だな。しかし、こんな日に残業とは災難だったな」
「その言葉、そのまま柳さんにお返ししますよ。みんなデートとからしくって、そんな予定のない私が引き受けただけですよ」
柳の言葉に肩を竦めながら、苦笑交じりに答えれば笑って返される。
とりあえず、仕事を終えたので自席に戻り帰り支度を始めれば同じように帰り支度をする柳が、静かに問い掛けて来る。
「この後、予定がないなら付き合わないか?このまま帰るのも、勿体ない」
そんな誘いに、顔を思わず上げれば。
先ほどと同じく、柔らかな笑みを浮かべた柳と視線が合う。
何かを期待しているワケではないけれど、今まで見た事のない。
プライベートな姿を、あの何とも言えない表情のように見た事のない表情が見れるかもしれない。
そんな誘惑に、惹かれない筈もなく。
「私で良ければ、喜んで」
願ってもない誘いに、応じる。



オフィスを出れば、冷たい風と幻想的なイルミネーションに迎えられた。
感嘆の声を上げれば、「少し見て行こうか」と提案され、反対する必要もないので素直に頷いて光の洪水の中を歩く。
手袋を忘れた手は、冷えて仕方ないが、そんな事を忘れてしまうぐらいに、美しい景色。
今までは、仕事を終えると楽しむ事なく家路に着いてしまっていた為に、この景色は素直に楽しめた。
「この寒い日に、忘れたのか?」
いつの間にか、自然と繋がれた手に驚き顔を上げれば、「冷えすぎだ」と苦笑混じりに言われ、そのまま歩く。
片方の手袋を渡され、温もり残る大きな手袋。
反対の手は、大きな手に包まれ、気恥ずかしくも温かな温もりに安堵する。
イルミネーションの光に、紅くなる顔を隠せるのが、幸い。
他愛ない話をしながら、柳に連れられて訪れたのは、高層ビルに入ったオシャレなレストラン。
全ての座席が、窓に向いており。他者の目から隠すように、自然な色調の仕切りで間切られている。
座り心地の良いソファーに並んで座り、眼下に広がる景色を楽しむ。
「気に入ったようだな」
「はい!こんな素敵なお店、よくご存じですね」
景色を楽しみながら、口当たりの良いカクテルを飲む。
供される料理も凝っており、正にクリスマス。
こんな風に過ごした事は、これまでなかった。
舌鼓を打ちながら、先刻の表情とこの店を予約していた事を考えると。自分が今、この場所に居ていいのかと、悩む。
恐る恐る柳を伺い見れば、優雅な手付きで料理を楽しんでいる。
視線に気が付いたのか、目が合い。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
「なんだ?」
ワインを一口飲む様すら美しく、魅了されてしまう。
真っ直ぐに見詰められ、思わず口にしてしまう。
「先ほど、外を見ながらなんだか寂しそうにしてましたから……。それに、このお店って誰かと来る予定ではなかったんですか?」
私の言葉に、スッと目が開かれ。
切れ長の、綺麗な瞳に見詰められて息を飲む。
滅多に見る事のない、綺麗な瞳に私が移り込み。
伸ばされた手が、そっと頬を撫でる。
「それを聞いたら、戻れなくなるかもしれないぞ?」
「え?」
「聞きたい、か?」
蠱惑的な笑みを浮かべ、頬から顎のラインをゆっくりと撫でる。
徐々に熱を帯びる頬に、視線を逸らしたくなるが。
柳の視線が、射抜いて逸らす事を赦さない。
「し、知りたい……です」
小さく、けれどハッキリと答えれば。
「ならば、応えるとしよう」
「はい」
「好いてる相手を、どうやって誘うおうかと思案していたまでだ。本当ならば、もっと早くに告げたかったのだがな。連休前まで、中々に仕事がドタバタとしていて、時間がなかった。今日を逃せば、折角のクリスマスを共に過ごせない。この店を、一緒に訪れる事も出来なくなる。この夜景を、是非とも一緒に観たかった」
「え……?」
「分からないか?つばさが、好きなんだ」
告げられた言葉に、驚き声を喪う私に柔らかな微笑を見せる。
今日、何度この笑みを見た事か分からない。
普段、決して見せる事のない笑みを見せてくれたのは、つまり特別だと思ってくれていた証拠であり。
それは即ち、クリスマスという日を共に過ごしたいと思ってくれていた。
その事に気が付き、胸が熱くなる。
返す言葉が見付からずに、真っ直ぐに見詰めれば近付いて来る柳の端正な顔。
目を閉じれば、それが合図とばかりに甘い口付けが落ちて来る。
少し遅れた、クリスマスは今、始まったばかり。

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