恋が始まる前
「つばさ」
名前を呼ばれて、顔を上げれば。
「先輩」
「移動か?」
「はい、そうです」
問われたので、手にしている教科書を見せれば柳は頷く。
入学式の折に広い校舎で迷っているのを助けて貰って以来、つばさはこの2つ年上の柳と話をするようになった。
気さくに話をしてくれ、何かと教えてくれる柳はどことなく兄のような感じがしてつばさは懐いていた。
それはまだ、恋に発展するには少し何かが足りなくて。
ただ、今はこの関係をどこか楽しんでいるような。
「学校には慣れたか?」
つばさを促し、移動教室へと向かう道すがら柳は問い掛ける。
それにつばさは頷きながら、「慣れました」と答える。
「そうか。何かあったら、いつでも来るんだぞ?」
「はーい」
柳の言葉に、にっこり笑って言えば。
腕が伸びてつばさの頭を優しく2度3度と撫でる。
撫でられ、首を竦めながらも嬉しそうにつばさは笑う。
「さあ、教室に入れ。俺も戻る」
「はい。ありがとうございます、先輩」
「どういたしまして。ではな」
手を上げて、来た道を戻る柳の背を見送り。
チャイムが鳴る前に教室へ入る。
恋が始まる、前。

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